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C2C時代のブランディングデザイン
コンサドーレ札幌が推進 ブランド価値向上のクリ エイティブ力(解説編前編)

2021年05月17日

ブランディングプランナーの細谷正人氏が新たな視点でブランディングデザインに切り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。前回に引き続き、北海道コンサドーレ札幌を取り上げます。今回は解説編の前編。

相澤陽介クリエイティブディレクターによる「CS Clothing」グッズの例。2020シーズンの第1弾は、定番のTシャツやロングTシャツ、パーカーを新しくデザイン。Tシャツのグレーは丸井今井「シースペース」の限定カラーになる(北海道コンサドーレ札幌のサイトより、©2020 CONSADOLE)

 この連載を通して、人と人とのつながりによるブランディングデザインを取り上げ、特に「場(プレイス)」の重要性を語ってきました。しかし新型コロナウイルスの影響で人同士のリアルな接点が制限されるなか、「場」を超えた人と人との感情的な関係性を、どのようにブランドづくりに反映させるべきなのかを、改めて考えさせられます。

 世界の第一線で活躍しているファッションデザイナーであり、北海道コンサドーレ札幌のクリエイティブディレクターでもある相澤陽介さんへのインタビューでも、人と人との感情的な関係性について重要なキーワードをお聞きできたように思います。1つの会場に多くの観客が集まるスポーツや音楽などのエンターテインメントビジネスにとっては、まさしく「場」の共有性を超越したブランドへの愛着をいかに育むかが今後、必要不可欠になります。

 相澤さんは「ファッションブランドは好きな人に向けてつくるものである一方、地域密着のサッカーブランドはあまりにもマス的な存在なので、誰にでも受け入れてもらえるようにすることを守らなくてはいけない」と話していました。それには、子供からシニアまで誰にでも受け入れてもらえるようなオープンなブランドであるための「おおらかさ」が必要だと言います。例えば、子供が好きなキャラクターアイテムもあれば、大人が欲しくなるような格好よく洗練されたグッズアイテムもあるように、マスな存在としてブランドの許容範囲が求められるというのです。

 パワーのあるクリエイティブは、すべて同じようなものに仕立ててしまう傾向があります。具体的に言えば、世界観が合わないものや幼稚なものは排除してしまいがちです。しかし相澤さんはすべての人を受け入れています。ブランド戦略の最終目標はファンに愛着をもってもらうことにありますから、サッカーブランドのマネジメントをするのと同様なおおらかさが求められるとみています。

 ただし、ここに課題があります。ブランドのマネジメントをするための最低限のルール設定はやはり必要になります。例えば、ブランドコンセプトやトーン&マナー(視覚的なデザインマネジメント)、トーン・オブ・ボイス(言語的なデザインマネジメント)などで、ブランドの世界観を規定しようとします。しかし、これらは1つの考え方に基づいてブランドの軸を作成するため、コアターゲットを設定せずにマスをおおらかさで許容しようとすると、ブランドの全体像がぼやけてしまったり独自性のない印象になったりしがちになるのです。

「勝利をおさめる」という提供価値

 しかし相澤さんが話すように、欧州のサッカークラブチームと地域を結び付けて考えれば、そのおおらかさの意味がよく分かります。個々の地域を代表するクラブチームにとって、どの地域であっても提供価値は明確だからです。それは「勝利をおさめる」ということです。

 選手やサポーター、フロントや地域社会もすべてのステークホルダーが勝利を目指し、その願いを1つにしてブランドをつくることが良いスポーツブランドです。これはサッカーに限らず、野球やラグビーなどスポーツのブランディング特有のユニークな構造だと思います。

 例えば野球の場合、阪神タイガースが負け続けると、大阪の多くのタイガースファンは文句ばかり言いますが、それでもタイガースが大好きです。居酒屋などでファンの話に耳を傾けていると、悪口を言いながらも、「どうしたらタイガースは勝てるのか」「これからのタイガースはどうしたらいいか」「昔のタイガースは強かった」など、熱狂的なファンになればなるほど熱く語っています。タイガースが負ければいいと言うファンはどこにもいません。

 ファンはもちろん、大阪では居酒屋や地域社会なども含め、そのすべてが勝利をおさめるという同じ方向に向かっているのではないでしょうか。だからこそ、スポーツはどんなカテゴリーよりも強くブランド化できる可能性を秘めていると思います。その好例が欧州のクラブチームでしょう。

北海道コンサドレー札幌が狙うブランディング戦略

一般にはマスを狙うブランディングは焦点がぼやけてしまうが、スポーツでは「勝利をおさめる」ことで、さまざまなファンにブランドを訴求できる(作成/細谷正人)

「勝利をおさめる」ことでさまざまな人々や、地域社会まで巻き込んだブランディングが可能になる(画像提供/北海道コンサドレー札幌、©2019 CONSADOLE)

欧州サッカーは巨額ビジネスに成長

相澤 確かにサッカーに限らず、プロスポーツの経営って、非常に多岐にわたり関係者も多い。ただコンサドーレの場合は、トップダウンの会社という点が大きいと思います。野々村芳和という社長が社内はもちろん、サポーターの前にも出ます。選手出身でクラブ運営の問題点も理解している。グッズ販売や来場者の動向だけでなく、他のスポーツの動きも見ています。僕も経営者として数字を追いかけてきたので考え方は同じです。野々村さんの存在はすごく重要で、そうした方がいたことでスムーズに運んだと思います。サッカーの話は全然していませんね(笑)。

ただ、プロスポーツとファッションのビジネスの違いも分かってきました。強くなると売り上げも当然、伸びますが、それが桁違いです。例えば「ルヴァンカップ」(JリーグYBCルヴァンカップ)で優勝すれば、賞金だけでなく来年のユニホームに星印が付きます。だから買い直すファンが大勢、出てきます。何かのきっかけで、一気に売り上げが変わる。19年のルヴァンカップは残念ながら、決勝でPK戦の末に川崎フロンターレが初優勝を果たしました。僕もピッチにいました。個人的に言えば、優勝すれば3年間でやろうと思っていた目標が一気に達成できると思っていましたので、PK戦のときはもうひやひやでした。一瞬で決まってしまうところが、すごい。もうアドレナリンが出まくりました。

 相澤さんとのインタビューでも、欧州のクラブチームの事例が何度も出てきました。欧州では2010年代に入ってからの10年足らずで、サッカーがビジネスとして急激な変貌を遂げつつあります。監査法人の米デロイトは、世界のクラブチームの“長者番付リスト”といえる「デロイト・フットボール・マネー・リーグ」を毎年発表しています。これは20年以上前から発行されている調査リポートで、欧州5大リーグに所属するクラブチームを中心とした年間売上高ランキングのトップ20を掲載しています。これを見ると、ブランド資産の面でもクラブチームは興味深い存在だということが分かります。

 例えば2018-19シーズンの売上高トップに輝いたクラブチームは、スペインのFCバルセロナでした。前シーズン首位だった同じくスペインのレアル・マドリードを抜いて初めて頂点に立ちました。金額は8億4080万ユーロ(約1030億円)を記録し、8億ユーロの大台を突破した初のクラブチームとなりました。2位は首位の座を明け渡したレアル・マドリードで、7億5730万ユーロ(約930億円)。3位は英国(イングランド)のマンチェスター・ユナイテッドFCで7億1150万ユーロ(約870億円)、4位はドイツのFCバイエルン・ミュンヘンで6億6010万ユーロ(約810億円)。ビジネスとしての欧州プロサッカーは“ビッグクラブ”ではなく、“メガクラブ”と呼ぶ声もあるほどです。

 イタリアのユヴェントスFCをはじめ欧州サッカーの頂点を目指せるトップクラブは、ブランドビジネスの企業体に変貌し、マーケットと収益構造を大きく変化させています。まさしく単なるメディアコンテンツビジネスではなく、グローバルな視点でのブランドビジネスとして、北米やアジアといった従来は未開拓だった地域にもマーケットを広げ、マーチャンダイジング、ブランドライセンスビジネス、スポンサー収入、広告ビジネスなどを収益源とするエンターテインメント企業に変化しているのです。

 各クラブチームの新ユニホームの発表は、来シーズンを迎えるためのウオーミングアップとして恒例行事になってきています。ファンは良質のサッカーだけでは満足できなくなり、プレーヤーの見た目も非常に大切な要素になってきているのが欧州クラブチームのトレンドです。ファンの欲求は「ただ勝つだけでなく、スマートに格好よく勝ってほしい」ことにあるのです。加えて、クラブチームがアパレルメーカーと何億円もの契約交渉を行い、ファンは毎年のように新しいユニホームを購入するという循環は、クラブチームにとって非常に重要なビジネスになっています。

 このような世界の潮流から、ブランドビジネスという概念で相澤さんが考えている北海道コンサドーレ札幌を検証してみると、もはや1つのクラブチームだけの問題ではなく、日本のサッカーにおけるブランドビジネスの課題が見え隠れするようです。その点について次回はさらに深く考察していきます。

(日経クロストレンド2020年5月7日掲載の内容を転載しています。)


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