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C2C時代のブランディングデザイン
ナインアワーズトップが語る“カプセル”で追求する本当の豊かさ(インタビュー編)

2021年05月21日

ブランディングプランナーの細谷正人氏が新たな視点でブランディングデザインに斬り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。カプセルホテル業界にデザインで新風を吹き込んだナインアワーズ(東京・千代田)を取り上げます。今回はインタビュー編。

「ナインアワーズ赤坂」は、床から天井までをガラスの壁にして、都市と一体化した空間にしている(写真/ナカサ&パートナーズ)

ナインアワーズ代表取締役 Founderの油井啓祐氏(写真/丸毛 透)

油井 啓祐(ゆい けいすけ)氏

ナインアワーズ代表取締役 Founder
1970年横浜生まれ。関西学院大学商学部を卒業後、ジャフコ入社、IT専門投資チームに所属。99年に亡父が経営していた会社を相続してカプセルホテル業に従事し始める。店舗を改革して業績回復させる一方で、2005年から新しいカテゴリーの事業開発に取り組む。09年にその1号店となる「ナインアワーズ京都」を出店。13年にナインアワーズを法人設立して店舗展開を本格化。現在はナインアワーズの出店と並行して同業者の再生支援も行っている。

細谷 油井さんは今までのカプセルホテルのイメージを大きく変えました。単なる「寝床」ではなく、カプセルが人間にとっての、いわばミニマムな空間であり、それが都市の中に調和しながら置かれています。デザイナーの柴田文江さんや廣村正彰さん、中村隆秋さん、建築家の平田晃久さんや芦沢啓治さん、成瀬友梨さんと猪熊純さん、長坂常さんの参加により、デザインの面でも他のカプセルホテルと一線を画しています。事業をスタートする際、油井さんにはもともと、どんなイメージがあったのでしょうか。

油井 都市の生活における本当の豊かさとは何だろうと、ずっと考えていましたね。一般のホテルやビジネスホテルに比べ、カプセルホテルはワンランク下に見られてきたと思います。でもビジネスホテルの中にも、狭い部屋にいろいろなものが詰め込まれ、決して豊かな空間とは言えないケースもあります。だから、都市の中で短時間の使用に絞って豊かに過ごせるような、新しいカテゴリーをつくろうと考えたのです。

 背景にあるのは、東京・秋葉原で僕の父が1軒のカプセルホテルを経営していたことでした。突然、亡くなって僕が相続することになりました。来ているお客さまを見ていると、滞在時間はせいぜい10時間ぐらい。家に帰れず、翌朝すぐに出ていく人たちです。そういう状況に応じた、ちょうどいいサービスを提供できれば、都市の生活の中で本当の豊かさにつながるんじゃないかと。それは今も変わらない姿勢です。

 だからカプセルホテルに滞在する時間、すなわち1時間のシャワーと7時間の睡眠、1時間の身支度で合計9時間の“ナインアワーズ”に機能を特化した宿泊サービスを提供することで、豊かさを体験してもらおうとしたのです。ナインアワーズは内部に飲食などの機能を持っていません。それは周囲の都市に同じような機能があるからです。

ナインアワーズ赤坂の内部(写真/ナカサ&パートナーズ)

従来のカプセルホテルとは異なる空間が宿泊客を魅了する(写真/ナカサ&パートナーズ)

 装飾をふんだんに使うラグジュアリーなホテルに宿泊することで、豊かさを感じる人はいるでしょう。しかし僕が考える豊かさは、それとは反対です。内部の装飾的な部分を徹底的にそぎ落とし、都市ならではの豊かさを追求しています。すなわち、都市と一体化した新しい宿泊の体験こそが、重要になると思っています。

 例えば「ナインアワーズ赤坂」の場合、周囲がすり鉢の底のようになっているため、床から天井までをガラスの壁にすることで、宿泊空間としてのカプセルがあたかも街に投げ出されるようなイメージにしています。「ナインアワーズ浜松町」では、1階を高く設計し、周囲より全体が高くなるようにすることで、新たに設置した屋上テラスから街を広く見渡すことができるようにしています。いずれも今までにない体験になるでしょう。

「ナインアワーズ浜松町」の外観。周囲より全体が高くなるようにして新たな屋上体験を生み出す(写真/ナカサ&パートナーズ)

屋上テラスから外を見渡した風景は幻想的だ(写真/ナカサ&パートナーズ)

新型コロナに対抗し、「ハイジーンプロジェクト」を実施

細谷 ナインアワーズ独特の体験が、他社とは全く異なる宿泊空間の豊かさを感じさせるのでしょう。本当の豊かさとは何かを考えさせられる時代に、いよいよ突入してきました。

油井 「9hハイジーン(包括的な衛生管理)プロジェクト」と呼ぶ新たな試みも始めました。新型コロナウイルスの影響で休業していましたが、2020年7月から再開するに当たり、衛生管理を徹底するためです。清掃手順の見直しや消毒の強化に加え、直射日光の1600倍の殺菌効果を持つ紫外線を用いてカプセル内を毎日照射しています。

 新型コロナ対策は4月ぐらいから取り組もうとして、ホテル向けに衛生管理を担当するコンサルティング会社や、横浜に停泊したクルーズ船の感染防止を手掛けた陸上自衛隊にまで問い合わせました。そこでいろいろな意見を聞きながら、僕らなりに同プロジェクトを打ち出したのです。逆に言うと誰も正解を知っている人がいないから、僕らがそこをやれば、カプセルホテルという施設構造を生かした独自の衛生管理が実現できるんじゃないかと思い、9hハイジーンプロジェクトと名前を付けてやり始めたのです。

 僕らはいつも「カプセルユニットを今後どうすべきか」を考えているので、今回の新型コロナによって、かねて実行しようと思っていた衛生管理が、加速できたという認識です。たとえ新型コロナ以前に戻らなくても、9hハイジーンプロジェクトはカプセルユニットの“バージョンアップ”として有効でしょう。

「ナインアワーズ半蔵門」から「9hハイジーンプロジェクト」を開始した(写真/ナカサ&パートナーズ)

内部や従業員には徹底した衛生管理を実施している(写真/ナカサ&パートナーズ)

独自の紫外線照射装置でカプセル内を消毒(写真/ナカサ&パートナーズ)

細谷 新型コロナによってソーシャルディスタンスのような個々の距離感を考えるようになりました。私はそれをヒューマンスケール性と言っています。その中で生活空間における個人の快適性はこれから重要視されていくように思います。まさに“空間の豊かさ”を求めてカプセルの可能性を追求しているという姿勢は面白いですね。

油井 20年1月には、新しいカプセルユニットの開発を狙ってラボを設立しました。今までの知見を生かし、さらなる豊かさを考えるためです。その取り組みの一環が、9hハイジーンプロジェクトに結び付きました。

 紫外線によるカプセルユニット内の照射でも、現在はスタッフが機材を持ち運んでスイッチを押していますが、カプセルユニット内にセンサーや照射システムを配置するなど、自動的に殺菌する仕組みも研究しています。他にも内部の空気自体をオゾンで殺菌するとか、さまざまな工夫を積み重ねていきます。建物に入っただけで誰もが直感的に安心安全を感じていただくようにすることが、9hハイジーンプロジェクトの最終的な目標です。

 僕らの原点というか起点になっているのは、やはりカプセルユニットであり、眠るという行為なんですよ。そこに向けて、あらゆる機能を入れるようにしたい。快適な眠りとは何か、脈拍や血圧、体温など生体情報とどう関連しているのか。実現するにはカプセル内の温度や湿度、空気の流れをどうすればいいか。洞窟でひんやりとした中で眠るのは気持ちいいけど、暖かい“ひなたぼっこ”の中で眠るのもいい。そのためには、カプセルユニットにどんな機能を実装すべきか。それこそナインアワーズにしかできない点であり、付加価値だと思うんですよね。

デザインの力で、パッションを情緒性にまで高める

細谷 今回、ナインアワーズに取材したいと思った理由は、カプセルユニットに情緒性を感じたからです。機能を追求するだけでなく、最小限の空間の中に豊かさを提供しようと考えています。だから、油井さんも次から次に新しい手だてを打ち出すことができる。そこに気づいた宿泊客やヘビーユーザーの方は、そうしたカプセルユニットという存在に愛着を持っているのではないでしょうか。

油井 確かに、最初は別に機能を求めるわけじゃなく、カプセルホテルの事業は僕らのパッションから始まっています。誰に頼まれたわけでもなく、勝算も乏しい中でも、“やりたい”から始めました。9hハイジーンプロジェクトも、もう後がないという覚悟で進めています。やるんだったら誰よりも優れたことをやってやるという思いだけで、ここまで来ましたね(笑)。ただ、僕らのパッションを単なるパッションに終わらせず、おっしゃるような情緒性にまで高めていただいたのは、デザイナーの柴田さんや廣村さん、建築家のみなさんを含むデザインチームのおかげだと思います。

細谷 私はブランドをつくるためには、利便性や操作性など機能の追求だけでなく、感性に響く情緒性が重要だと思っています。ナインアワーズの場合、油井さんはデザイナーたちと共にコラボレーションしながら、機能と情緒の両輪をうまく融合させているように感じています。

油井 ありがとうございます。しかし、そうした部分はなかなか伝えにくいことかもしれません。アメニティーとか枕、マットレスなどの素材は、相当な時間をかけて選んでいますし、取引先とも協力して研究開発を進めていますので、僕自身は内心、品質に自信を持っているんですね。しかし販売面では価格ばかりが比較され、なかなか品質を理解していただけない。サービスをつくるプロセスは僕らが手掛けても、販売は他人の手に委ねてしまっているからかもしれません。僕らがやっていることに共感してくれる人を増やしていきたいので、まだ正しく伝わっていないならば、それは反省すべきことかもしれません。

細谷 ブランドづくりとは、愛着をつくる作業です。そこにはさまざまな人が関わるので、必ずしもブランドの思いが顧客に直接伝わらないときがあります。といって、広告や宣伝で露出することがブランドづくりの目的ではありません。企業が持っている“良いもの”をどう正確に認識してもらうかが重要です。そういう意味で、ナインアワーズがお客さまに最も提供したい“良いもの”は今後、何になるのでしょうか。

油井 それは、やはり最適な睡眠環境ですね。カプセルユニットの研究開発を推進している理由もそこにあります。まずは科学的に最適だと断言できるだけのデータを基に、新しいカプセルの在り方を考えていきます。店舗を再開しても今までの延長線上ではなく、新型コロナ時代の新しいステージに自らの意志で転換するという前提で進めています。僕らのカプセルホテルのビジネスは、コモディティーにしようと思えば簡単です。だからこそ、テクノロジーやデザインを活用して、もっともっと本当の豊かさを追求していきます。

細谷 最後にご意見を伺いたいのですが、一般的に企業が新しい事業を成長させる過程で売り上げや利益を拡大するために“量”を求めようとすると、“質”としての“豊かさ”が失われて魅力がなくなり、均一化してしまう傾向がみられます。そうした点をどう思いますか。

油井 ナインアワーズは逆でして、店舗数が増えれば増えるほど、いろいろなことにむしろ挑戦できるようになると考えています。例えば水栓金具を柴田さんにデザインしてもらい、ナインアワーズオリジナルの水栓金具を作ることも、量が増えればできるようになります。店舗が増えて洗濯工場を僕らで運営して適正な洗剤を使うことができれば、今よりも質のいいタオルを適正な運用コストで提供できるかもしれません。店舗数が増えればクオリティーを、もっと研ぎ澄ますことができる。僕は、そう思っていますけどね。いろいろな方法はあるはずです。最初から諦めてしまっては、だめですよ。

細谷 いいお話でした。ありがとうございました。

油井氏と聞き手のバニスター細谷正人氏(右)(写真/丸毛 透)

(日経クロストレンド2020年09月25日掲載の内容を転載しています。)


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