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C2C時代のブランディングデザイン
建築家・田根剛氏と対談 ブランドづくりと自伝的記憶の関係とは

2021年11月12日

バニスター代表の細谷正人が新たな視点でブランディングデザインに斬り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。番外編として、連載に大幅に加筆して発刊した書籍『ブランドストーリーは原風景からつくる』の内容を一部抜粋して紹介する。今回は世界的な建築家の田根剛氏と細谷による特別対談を掲載。

左から田根 剛氏と細谷正人。田根氏は 1979 年生まれ。Atelier Tsuyoshi Tane Architects 代表。考古学的な(Archaeological)リサーチと考察を積み重ね、「場所の記憶」から未来をつくる建築「Archaeology of the Future」を推進。その実現を追求している。撮影場所の東京・表参道にある「GYRE.FOOD」の空間デザインも田根氏が手掛けた(写真/丸毛 透)

『ブランドストーリーは原風景からつくる』(日経BP)

細谷 田根さんが2018年に東京で開催した初の個展「田根 剛|未来の記憶Archaeology of the Future」に、私は伺ったことがあります。田根さんの著作も読ませていただきました。考古学的な(Archaeological)リサーチと考察により、「場所の記憶」から未来をつくる建築の考え方を田根さんは「Archaeology of the Future」と呼んでいます。

私は仕事の中でも「自伝的記憶」がブランドづくりに影響すると考え、研究してきました。例えば、菓子のマドレーヌの香りから、母親がマドレーヌを作ってくれたキッチンや、その風景が見えてくるといった現象です。記憶研究の中にマドレーヌの香りにちなんだ「プルースト現象」という言葉もあります。『ブランドストーリーは原風景からつくる』の本でも、自伝的記憶がブランドの未来をつくっていくと考えています。田根さんの展覧会を拝見したとき、まさに人の記憶を可視化していると思い、以前からお話をお聞きしたかったのです。なぜ田根さんは、記憶が未来の原動力になるとお考えなのでしょうか。まずはそこからお聞かせください。

田根 単純に言えば、06年に「エストニア国立博物館」の国際コンペティションに勝ったことがきっかけだったかもしれません。敷地にもともとあった旧ソ連時代の軍用飛行場の滑走路を引き伸ばし、博物館の屋根として設計しました。そのときの提案が「MEMORY FIELD」というタイトルだったのですが、当時の自分はまだ若くて何も分からず、建築とは何だろうかと実は模索していたのです。

それまで建築は新しさを提案しなければいけない、新しさこそが価値であり、未来であると思う一方で、古さを否定し続けていいのだろうかと考えていました。しかし、新しいものをつくっても、すぐに古くなって壊されてしまう。こんなことを続けていても、本当に僕らは豊かになるんだろうかと。

エストニアの国立博物館のコンペでも、本来は負の遺産であるはずの旧ソ連の存在を無視せず、負の遺産を自分たちの力で未来に変えていくことこそ、エストニアが威信をかけるべき国立博物館の姿ではないか、と僕たちは勝手に与えられた敷地を飛び出して提案したのです。これは個人的な思い込みでしたが、幸いにもエストニアは、僕たちの提案を自分たちの未来にしていこうと判断していただきました。過去を受け入れて未来につなげようとする考え方は、国として勇気がある決断だと思います。

場所のあるところには記憶がある

そのとき、建築に対するもやもやしていた自分の思いが、ぱっと開けてきたように感じました。場所のあるところには記憶があるのではないか、建築を守り続けたり、建築を未来に向かって記憶を継承したりしていくことにこそ、意義があるんじゃないかと。場所の記憶という価値観なら、新しさに対抗できる。今までのような新しさだけを追求するものではなく、記憶を紡いでいくものならば、建築はまだまだ可能性があるんじゃないかと、ぼんやりと考え始めたのです。その後、記憶を意識するようになり、展覧会の話があったときに記憶をテーマにしてやろうと考えたのです。

エストニアの国立博物館は、旧ソ連の軍用飛行場の滑走路を生かした設計にしている(photo: Propapanda / image courtesy of DGT.)

2018年に、初の個展「田根 剛|未来の記憶 Archaeology of the Future」を東京オペラシティ アートギャラリーとTOTO ギャラリー・間で同時開催した(写真/ナカサアンドパートナーズ)

細谷 どうして「記憶」の考え方を整理してみようと考えたのですか。

田根 突然、記憶が未来を生み出すんじゃないかという、かなりめちゃくちゃな考え方が出てきました。考えの整理というよりは、記憶には何かあるとは分かっていても、それが何かが分かりませんでした。そこで思い切った発想として、これは頑張って追求してみようと、展覧会を開催したときも「未来の記憶」というタイトルにしたのです。

細谷 その考え方が確信に変わってきたのは、どんなきっかけがあったのですか。

田根 国立博物館が完成した後ですね。エストニアのプロジェクトは10年をかけました。それまでは僕の思い込みでしかなかったのですが、実際に建築が出来上がってみると、未来が動きだしたんです。国立博物館を国の威信として国民が待ち続け、本当に喜んでいただいた。オープニングセレモニーのときは、国営テレビで6時間の特別番組がありました。

さらにその2年後の18年には、旧帝政ロシアから1918年に独立したエストニアの100年祭として、本来は首都のタリンで行うべきイベントを国立博物館で実施しました。これはとても驚くべきことで、やはり建築は未来をつくるんだ、そのためには新しさではなく、記憶が未来をつくるんだと大きな確信を持ちました。これこそ自分が一生、取り組んでいけるテーマになるのではないかと実感したのです。

記憶を掘り下げていく行為は、遺跡の発掘作業に似ている

細谷 田根さんは、2014年にはシチズン時計のインスタレーション「LIGHT is TIME」をミラノサローネで発表しました。1918 年に創業して2018 年に100周年を迎えたシチズン時計を、光と時をコンセプトにして表現しています。15年は「とらや パリ店」の35周年記念の改装も手掛けました。和菓子作りにも通じる「クラフトマンシップ」をコンセプトにしており、フランスの素材を用いながら和の空間をつくっています。インテリアは丸みを帯びて角がなく、角を立てない、日本の「折り合い」を表していると聞きました。こうしたさまざまなプロジェクトでも、根底には田根さんが考える記憶がテーマになっているように感じます。

田根 そうですね。記憶を遡って物事を掘り下げていくと、想像しなかったことに出合えたり、考え方ががらりと変わったりします。まるで遺跡の発掘作業のような感覚で、考古学的なアプローチに似ていると思います。プロジェクトの規模とは関係なしに、記憶の発掘には無限の可能性が潜んでいます。

ただ一つ重要な点は、僕が言っている記憶というのは個人の記憶ではなく、「集合記憶」というか、多くの物事が集合的になったときに見えてくるものを言うんですね。

シチズン時計のインスタレーションの場合も、時計というものより、時間とは何かという根源的なものを考えるようにしました。時間は、光がなかったら計ることはできないし、光がなければ時間はないのではないかと。永遠のテーマというか、問い掛けを続けることが重要で、そこに本質が生まれてくる。そこでインスタレーションでは時計そのものより、時計を構成する自社製のパーツ(ムーブメントの地板)に光を当てることで、時を表現するようにしました。1個のパーツがずれてしまっても時間は計れません。これまで長年かけて蓄積してきた、しかし表面にはあまり出てこない時計の基盤技術にこそ、シチズン時計のアイデンティティーであり、そこに光を当てたかったのです。

14年にミラノサローネで発表した、シチズン時計のインスタレーション。時計のパーツを使って時を表現している(photo: Takuji Shimmura / image courtesy of DGT.)

虎屋(東京・港)も約480年の歴史がある老舗です。「とらや パリ店」は、唯一国外にある虎屋のお店で、1980年にオープンして以来、同じ場所で40年も続いています。日本を代表する和菓子ということで、リニューアル時には「和」という日本が生み出した文化こそ、虎屋の魅力ではないかと思いました。そこで和の文化をいろいろ調べ、どのように伝えていくかを考えたのです。

和菓子は洋菓子とは違い、手でこねて作るため、丸みを帯びています。角が立たず、お互いにぶつかっても、折り合うという和の文化を象徴していると感じました。これこそ、フランス人に伝えるべきではないかと。小麦粉色の漆喰(しっくい)と明るい木目を基調とした内装で、テーブルはフレンチオークを小豆色に染め上げ、寒天をイメージした樹脂でコーティングした「YOKANTABLE」にした他、インテリアは丸みを帯びるようにしています。角を立てないことで、折り合うということを表現しています。

15年に手掛けた「とらや パリ店」の改装では、和菓子をモチーフに丸みを帯びて角がないデザインにして、角を立てない、日本の「折り合い」を表現(photo:Takuji Shimmura / image courtesy of DGT.)

「とらや パリ店」内部(photo: Takuji Shimmura / image courtesy of DGT.)

細谷 記憶から方法論を考えてクライアントに伝えるとき、どういったやりとりをしているのでしょうか。

田根 僕たちは、考古学のリサーチのように膨大な資料と格闘して、コンセプトをつくっていきます。具体的なクライアントがいる場合にはアンケートのようなこともします。アンケートと言っても非常にシンプルで、例えば自社の魅力は何ですかといった質問です。でも、シンプルな質問だからこそ、出てくる一言から個々の思いが伝わってくるので、面白いんですよ。多くの方に記入してもらうと、キーワードが浮かんでくるのです。それをリサーチの足掛かりとして使うこともあります。クライアントへのプレゼンテーションのとき、記憶については説明しませんが、こちらの思いは強く感じてくれるようです。

シチズン時計のインスタレーションも、僕は自信満々でしたが、想像もつかない空間の提案を聞いて、それをどう判断していいか分からなかったと、後から伝えられました。それでも、やってみようと決断していただいた。しかもシチズン時計の担当ディレクターの方が、これは素晴らしい提案だからとすぐに工場に掛け合うなど、アイデアがどんどんまとまっていきました。

建築は文化や歴史を語り継ぐ唯一の存在

細谷 記憶をテーマに置いたときに、ご自身が今までやってきたことや見てきたこと、感じてきたことなどを踏まえ、自分の存在意義などが見えてきたりしましたか。

田根 どうなんですかね。あまり自己分析みたいなことはしていませんが、個人の記憶って絶対に共有できないものです。そして、忘れてしまうこともあるんです。しかし場所や建築は、その記憶を置いていってくれるんですね。優れた建築が数多くあるパリに住んでみて、強く感じます。古い建物を訪れると、本当にたくさんの記憶があります。それらは例えば中世の教会や日本の神社仏閣では、彫刻とかステンドグラスなど、さまざまな建築として残っているのです。建築は文化や歴史を語り継ぐ唯一の存在だと思います。だから建築は記憶につながると言えるのです。

細谷 建築は人間よりも長く生き続けますからね。それは企業や製品でも同じです。100年とか200年も続くブランドが出てくれば、やはり人間よりも長く生き続けるため、記憶につながる存在になるのでしょう。一方で、最近、スマートシティなど企業が新しい都市づくりに乗り出していますが、どう思いますか。新しいイノベーションだけで建築や都市の領域に入り込んでいくケースを見ていて、人類が培ってきた都市と人の記憶や本質を捉えていないというか、表層的な感じがします。

田根 都市の魅力は、時間と文化から複合的に生まれてくるところにあると思います。単に経済や事業のためにつくるような都市では、本当の魅力が生まれるのでしょうか。生き生きとした都市にはならないと思いますね。

細谷 そうですよね。新しい技術を使えば新しいものが生み出せるのでは、と単純に考える人が多いと思いました。

田根 以前、脳科学者の方とお話をしたときに、実際の記憶というのは脳の中心部分に関係があるかもしれないという研究があると聞きました。新規性などを考える大脳新皮質の部分は「冷たい脳」で、記憶などの部分は「温かい脳」と言っているとか。面白い表現だなと思います。プルースト現象など自分の根源や原点として浮かぶものは、温かい脳のほうなのでしょう。

細谷 面白い言い方ですね。簡単に言えば記憶には短期記憶と長期記憶があり、短期記憶は見たものを、そのまま受け入れるという表面的な記憶で、長期記憶は何度も繰り返していることや衝撃的なことをエピソード記憶などにして残すのだそうです。それを冷たい、温かいで表現するのは分かりやすい。

田根 その一方で記憶は、人によってはどんどん変わっていきます。脳というのはかなり自由というか、勝手に記憶を変えていくことがありますよね。記憶をどんどん変化していくというか、最初の話とどんどん変わってくる。もちろん忘れない人もいますが、いずれにせよ記憶したことが、その人の根源になり、原動力になり、その人の未来をつくっていく。記憶はやっぱり面白い。

細谷 数多くある脳の部位の中でも特に記憶に関係しているのが、海馬であることはよく知られています。脳についてはもっと知るべきですね。記憶はやっぱり面白いです。ありがとうございました。すごく楽しかったです。

東京オリンピックに向けた新国立競技場のコンペで、田根氏は古墳をモチーフにした「古墳スタジアム」を提案し、ファイナリストとして選出された(Image:courtesy of DGT.)

20年に開館した、田根氏が手掛けた国内初の美術館となる青森県弘前市の「弘前れんが倉庫美術館」のデザインでは、明治期から残るレンガ倉庫を改修して生かした。21年度のフランス国外建築賞(AFEX)グランプリを受賞した(photo: Daici Ano)

(日経クロストレンド2021年05月28日掲載の内容を転載しています。)


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