2018年10月01日
新たな視点でブランディングデザインに切り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。今回と次回の2回にわたって、新業態のステーキレストラン「いきなり!ステーキ」を取り上げます。今回は同店を展開するペッパーフードサービスの一瀬・社長CEOへのインタビュー編です。
日本国内だけでなく、米ニューヨークにも次々と進出。2018年5月までに7店がオープンした。写真は17年12月にニューヨークで2店目に開店した「いきなり!ステーキ チェルシー 7th Ave店」のオープニングセレモニー。ニューヨーク・メッツや千葉ロッテマリーンズの監督を務めたボビー・バレンタイン氏も駆けつけた(写真提供:ペッパーフードサービス)
細谷:「いきなり!ステーキ」は2013年12月に東京の銀座4丁目に1号店をオープンして以来、日本全国で約300店まで拡大しています(18年6月15日現在)。さらに米ニューヨークにも出店するなど急成長していますね。ブランディングデザインの視点からまず目に付いたのは、ロゴに「ロケット」のイラストが入っている点でした。
一瀬:ロゴに描いているロケットは、まさしく「ロケットスタート」の願いを込めています。勢いよく飛び出すロケットも、大気圏内では、いずれ落ちて燃え尽きてしまう。しかし宇宙まで飛ぶと周回軌道に乗りますよね。当社も今、周回軌道に乗りつつあります。単なるブームで終わらず、文化になるように発展できればと思います。回転ずしも出てきた当初はいろいろ言われましたが、今ではすっかり定着して食文化の一端を担っています。「いきなり!ステーキ」も、そうなるようにしたいですね。
細谷:一般的には支払い金額によるポイントカードですが、「いきなり!ステーキ」では食べたグラム数をポイントにした「肉マイレージカード」を打ち出しています。「炭焼きステーキは厚切りレアーで召しあがれ」というキャッチコピーもユニークですね。これらも一瀬社長がご自身でお考えになったのでしょうか。
ペッパーフードサービスの一瀬邦夫・社長CEO(写真:丸毛透)
一瀬:もちろんそうです。「肉マイレージカード」とか「肉友クラブパーティー」とか、ほとんどのアイデアは私です。肉マイレージカードは、航空会社のマイレージサービスを飛行距離ではなく、お客さまが食べたグラムに応用できないかと考えました。何回来たから何かを提供するというサービス券でもないし、割引券でもありません。食べたグラム数で特典が付き、ランキングとして各店舗に表示しています。人というのは競争するんですよ。本当にみんな競争するようにできている。そうした方々がリピーターとなって何度も来店してくださる。だから原価率が高くても固定費は下がる。肉友クラブパーティーは、毎月1回開催されており、当社のファンの方々が参加してくれています。賞品や食事券がもらえるし、楽しく食事ができていい印象を持っていただければ、それを友達にも伝えてくれる。
どうやったらアイデアが出てきますかと、よく聞かれますが、重要なことは、いつもお客さまの目線で見るということです。27歳からさまざまな会社の社長を務めてきたので、経営状態が必ず下がっていく場合には、必ず共通の要因があると感じます。それが社長の油断や慢心です。特に管理を人任せにすると、自分が創業時に築いた店と違う状況ができてしまう。これを多くの社長は気付かない。たとえ気付いても、自分が率先して先頭に立とうと思わない。
それをよく分かっているので、お客さまが来店し続ける仕組みをいつも考えています。自分の考えを、お客さまだったらどう見てくれるかなと。自分がお客さまだったら、どんなサービスが喜ばれるか、どんな店に行きたいかをひたすら考えるわけです。当たり前のことですが、マーケティングってそういうことだと思います。私が出したアイデアを、スタッフが実現してくれます。だから私は本当にスタッフに恵まれていますよ。
食べたグラム数がポイントになるメンバーズカード「肉マイレージカード」。累計3キログラムで「ゴールド」、20キログラムが「プラチナ」、100キログラムで「ダイヤモンド」になり、それぞれ特典が付く
たくさん食べたメンバーをアプリで表示するほか、店舗でも掲示している。競い合うメンバーも出てきそうだ
「いきなり!ステーキ」も、おいしいステーキを安く提供するには、どうしたらいいかと考えた結果、生まれたサービスです。自分だったら、どんな店に行きたいか、ステーキだったら300グラムは食べたいな、それならいくらが良いかな、などと想定しました。通常、この業界の原価率は3割ぐらいですが、うちは当初7割ぐらいで計算していました。驚異的な価格破壊とは言えないかもしれませんが、インパクトのある価格を出したつもりです。でも家賃や人件費を考慮すると、これではもうからない。そこでワインやビール、サラダやライスをセットで食べてもらうようにすれば、原価率が60%になる。これでも価格破壊です。現在は、さらに下がってきています。
1号店をどこに出店すべきかと考えたとき、やはり銀座でスタートしようと思いました。家賃や回転率などを考慮すると、1人1時間で3000円ぐらいの売り上げを見込んでいました。しかしオープンしたら1人2000円しか使ってくれない。3000円に満たなかった。しかし1人1時間ではなく、30分で食事を終える人が多く、1時間当たりでは4000円になった。こっちの方がいいな、と思いましたよ。
実際、やってみて初めて分かることがいっぱいありました。本当に、やってみなければ分からない。これは新しいことにチャレンジする自分に向けて常に言っている言葉です。オープン当日、あまり事前に宣伝していませんでしたが、どんどんお客さまが来ました。その後、そのお客さまがさらに別のお客さまを連れて来てくれる。評判が出て行列ができると、すぐメディアが飛び付いて、どんどん大きな話題になった。私がブランディングしたのではなく、お客さまがブランディングしてくれたというのが実感です。
毎月開催する「肉友クラブパーティー」によってファンを獲得し、口コミなどでさらにファンを広げていくという好循環につながっている(写真提供:ペッパーフードサービス)
聞き手のバニスターの細谷正人氏(写真:丸毛透)
細谷:進めながら、初期段階では分からないことは改善して、常に試行錯誤を楽しんでいるように見えます。その柔軟さを持つことは、なかなか日本企業ではできないことです。海外出店は以前から計画していたのですか?
一瀬:1号店の繁盛ぶりを見てから思いつきました。人あるところ食あり。このビジネスは人がいればうまくいくと思って、翌年の3月にニューヨークに飛んで物件探しを始めていました。18年2月にはニューヨークでは4号店目の「いきなり!ステーキ 5th Ave(五番街)店」が開店しました。元ニューヨークヤンキースの選手でもあった松井秀喜さんをオープニングセレモニーにお呼びするなど、大きな話題になりました。私と松井さんでテープカットしましたが、松井さんは日本ではもちろんニューヨークでも大人気ですから、多くのお客さまが来店され、ものすごい行列でしたよ。
米国への出店について事前に、いろいろな方からアドバイスを頂きましたが、それを全部聞いていると、なかなか実行できないので、あえて無視した部分もありました。でも、やってみて実感した点がいくつもあります。だから開店して数日後には、思い切って10ドルぐらいに値段を下げて勝負に臨みました。ステーキとスープ、サラダが付いて10ドルだから、2ブロック先からもお客さまが来たほどです。
日本人もアメリカ人もおいしいものを安く、スピーディーに提供されるのがいいに決まっています。ランチだってディナーだって、1時間も2時間もかけて食べるより、おいしいものをさっと食べてすぐに次の行動に移りたいという人はたくさんいる。日本には今、コンビニが数万店あって、ファストフードや弁当、飲み物にサラダもある。安いし会計もスピーディー。だからランチタイムは行列ができますよ。コンビニに多くの飲食店が負けるのも当然でしょう。
ニューヨークには高級なステーキ店がいくつもあります。しかし、それらが提供する価値と当社は違います。五番街は飲食の激戦区といわれていますから、学んだ点を生かして、これからも店を変えていきます。
細谷:日本企業は生真面目なので現地の声を尊重し過ぎる傾向があります。しかし、人種が異なっても、本質的に人が求める共通因子は必ずありますね。急成長している中で、どうやって社長の考えを、社員に伝えているのですか。
一瀬:ペッパーフードサービスは設立して20年以上たちます。倒産寸前まで追い込まれたこともありましたが、何とか社員が一致団結して、やっていこうとなった。そのとき私が心に誓ったのは、今日の思いを日記に書こう、さらに社内報でこの思いを発信しよう、ということでした。もし続けられなくなったらこの会社は倒産するとさえ言いましたよ。こうやって約束したからこそ、今日があるのだと思います。
細谷:日記や社内報は、思っていてもなかなか実行できることではありません。今後は、どのような展開を計画していますか。
一瀬:東京の六本木店と立川北口店の2店で6月18日からステーキのデリバリーサービスを開始しました。まずは先行運用ですが、受注やデリバリーはライドオンエクスプレスと提携してスタートしています。デリバリーに適したメニューも開発し、家庭にいながらこんな厚いステーキが食べられたらという発想をサービスにしました。ピザの宅配のように、熱々のステーキをどう届けるかを工夫しましたよ。これからも、お客さまが喜ぶさまざまなサービスを実行していきますので期待していてください。
細谷:今日は本当にありがとうございました。
倒産寸前まで追い詰められたことをきっかけに社内報を発行。経営者の考え方を社員に伝えている。社内報を続けることができなくなったら倒産する覚悟も(写真:丸毛透)
メモ代わりに一瀬社長が書きつづっている日記。経営者としてのさまざまな思いが込められている
デリバリー用のメニューとなる「ヒレステーキ重」。ライドオンエクスプレスは、レストランのデリバリー代行サービス「ファインダイン」を展開している(写真提供:ペッパーフードサービス)
「これからも、お客さまが喜ぶさまざまなサービスを実行していく」と話す一瀬社長(写真:丸毛透)
(日経クロストレンド2018年7月11日掲載の内容を転載しています。)