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C2C時代のブランディングデザイン
なぜ日本企業のブランド力は弱いのか ジンズに学ぶビジョン経営(解説編)

2020年02月07日

ブランディングプランナーの細谷正人氏が新たな視点でブランディングデザインに斬り込み、先進企業を取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。前回に引き続きJINS(ジンズ)を取り上げます。今回は細谷氏による解説編。

JINS Design Projectでは、ジャスパー・モリソンやコンスタンティン・グルチッチの他、2018年11月には建築家のミケーレ・デ・ルッキと協業した眼鏡を発売した

 JINS(ジンズ)は2014年から「Magnify Life」(magnifyは拡大するの意)というビジョンを掲げています。「商品を通じてすべての人がより豊かで、より広がりのある人生を送れるように」という視点に立ち。企業活動を行っています。

 かつてジンズが設定していたビジョンは「メガネをかけるすべての人に、よく見える×よく魅せるメガネを、史上最低・最適価格で新機能・新デザインを継続的に提供する」でした。ビジョンというよりも事業戦略に近いものであったと言えます。しかしジンズは新しいビジョンを設定後、「広がりのある人生」に向けてユニークな施策を次々と打ち出してきています。

 例えば、眼鏡を低価格にすることで、気分やファッションに合わせて替えることや、ブルーライトから目を守る「JINS SCREEN」(ジンズ・スクリーン)をはじめとする機能性アイウエアなど、眼鏡の新しい在り方を提案してきました。さらに「JINS Design Project」(ジンズ・デザイン・プロジェクト)として著名なデザイナーと協業した商品を開発。センサーを組み込み、アプリと連動させることで日々の活動を計測できる「JINS MEME」(ジンズ・ミーム)はウエアラブルデバイスとして、“見る”こと以外にも価値を拡大しています。さらに、世界一集中できる場を目指した会員制ワークスペース「Think Lab」(シンク・ラボ)も手掛けており、Magnify Lifeというブランドビジョンをコアに、事業を飛躍的に拡大させてきました。

ビジョンはデザインしないと伝わらない

 具体的にMagnify Lifeは、3つの行動規範としてキーワードを設定しています。(1)革新的な思考をもって変化を恐れずに挑戦する「Progressive」(プログレッシブ)、(2)製品やサービスが良い刺激と高揚感を与えられるような活動をする「Inspiring」(インスパイアリング)、(3)信頼を醸成し、誠実な思いを持つ「Honest」(オネスト)です。これらは事業活動を促すものだけでなく、JINSのブランドパーソナリティーにも、ひも付いていると田中仁CEO(最高経営責任者)は言います。JINSはビジョンと行動規範からなるブランド価値定義を設定したうえで、JINS Design ProjectやJINS MEME、Think Labや新規の店舗開発などを誕生させているのです。

 田中CEOはデザインの定義について、より良い社会をつくる手段や自分たちのビジョンをかなえることだと明言します。経営とデザインの関係性は常に一体化されているものでなければならないという認識です。どんなに良いビジョンでも、人に伝わらなければ何も意味をなさないのです。日本企業の場合、不変的な理念を持っていても、必ずしもそれを分かりやすくデザインしているわけではありません。結果、その理念は伝わらずに、実業の中では放置されてしまっていることが少なくありません。

 私が注目しているのは、デザイン界の第一線で独自のアプローチによって提案をし続けているクリエイターたちを招いたデザインプロジェクのJINS Design Projectです。第1弾では工業デザイナーのジャスパー・モリソン、第2弾はドイツを拠点とする工業デザイナーのコンスタンティン・グルチッチ、第3弾ではミラノを拠点とする建築家ミケーレ・デ・ルッキらと、矢継ぎ早にアイウエアの本質と意味性を掘り下げたプロジェクトを行っています。

建築家ミケーレ・デ・ルッキ氏との共同開発の様子。建築家の視点が眼鏡のデザインにも生かされる。試行錯誤を重ねた結果、「人と眼鏡の関係性」を明らかにしたうえで、アイウエアに新たな意味を見いだした

 世界的に評価されているデザイナーと協業したことで、「デザイナーは人に焦点を当てながらも眼鏡の源流にまでさかのぼり、人と眼鏡の関係性を明らかにしたうえで、アイウエアそのものに新たな意味を見いだすことを目指していて、とても感動した」と田中CEOは前回のインタビューでも述べています。0.1ミリメートルの違いで印象が大きく変わってしまうのが眼鏡のデザインです。デザイナーたちは、単なる工業製品をデザインするのではなく、人の表情を形作る眼鏡を人類学的な角度から考えています。眼鏡は、相手にこう見られたいという自分を実現する道具であるいう意味の深堀を行っています。自分自身を拡大する、つまりMagnify Lifeを情緒的な意味性の観点から拡大しています。

 一方で、美しいディテールにこだわる必要があるのもアイウエアの特徴です。人の顔がそれぞれ異なるうえ、技術的な課題も追い求めなくてはいけません。ヒンジ、鼻盛りやノーズパッドの触感という人間工学的な問題も解決しながら、アイウエアに新しい意味を与えることは、狭義のデザインと広義のデザインがMagnify Lifeというビジョンで混ざり合っていることを意味します。これこそが経営と“デザイン”が同質のものであるということを、表しているのではないでしょうか。

視覚を起点に、五感もデザインする

 ジンズの製品の中でも、視覚を起点にそれ以外の五感や人の行動変容へとつなげていくことを提供価値としているのがJINS MEMEです。これは、フレームに搭載された独自開発の3点式眼電位センサーと6軸(加速度/ジャイロ)センサーによって、集中度や眠気、歩行バランスといった、ココロとカラダの状態を可視化するセンシング用のアイウエアです。現在、スポーツクラブでのヘルスケアソリューションや運転者の疲労状況を測定する機能に加え、医療分野への展開も期待されています。

 「例えばJINS MEMEは、集中度合いの計測はもちろん、お客さまの感情や興味まで計測できる可能性が見えてきています。今後はお客さまに最適な音楽をリコメンドするセンサーになるかもしれません。首を振ったり視線を動かしたりすることでパソコンのマウスのような役割にも使えるので、障害のある方にも役立つでしょう。まばたきそのものがクリックになるのです」と田中CEOは言います。JINS MEMEは、視覚をセンサーの起点として他の感覚にも伝達させ、人の行動そのものを促す機能を生み出そうとしています。最近では、Vチューバー(バーチャルユーチューバー)がJINS MEMEの機能を活用しているなど、ジンズが提供するセンシング技術の新たな活用方法を発見しようとする生活者の例もあります。

 ジンズが提供するセンシング技術が生活者の行動そのものを促す機能となれば、現在の店舗は眼鏡を販売する店舗ではなく、生活者の行動をサポートするための空間へと存在価値が変化していくことになるでしょう。眼球の動きやまばたきといった視覚を起点に、味覚、聴覚、触覚、嗅覚へとつながれば、人間が持つポテンシャルをMagnify(拡大)させることができるのです。

センシング技術を活用したJINS MEMEによって、行動までも測定できる時代になった。眼鏡の役割が大きく変わりつつあるが、ジンズの基本的な姿勢はぶれていない(ジンズのサイトより)

 このようにジンズでは、ブランドビジョンのMagnify Lifeを土台に、横軸では「製品」「サービス」「店舗」「EC」の4つの要素が常に連携し合います。縦軸では視覚を起点に他の味覚、聴覚、触覚、嗅覚、第六感までを刺激し、感情から行動変容まで促そうとしています。そして現在、「ジンズ独自の世界観をすべてつなぎ合わせていくことをデザインしている」と田中CEOは言います。

 続々と新しい試みを加速させているジンズですが、常に一貫しているのは、それらの基盤になるブランドビジョンであると言えます。その基盤のうえに、それぞれ生活者が求める提供価値を定め、どのように可視化させるのかが求められます。これらが同社のブランディングデザインの基本的なルールなのです。

情報スピードの焦りがブランドを鈍らす

 インタビューでは、C2Cの時代においてどのようなブランドを目指すべきなのかについて直接、田中CEOに問いました。その答えは非常に明確でした。「どんなに時代が変化しても、お客さまは、本質を見抜く力を持っている。だからこそ、企業の思いを真摯に的確に伝えることしかない」と言います。

 田中CEOは「ブランドをつくるために、時間はどうしても費やす必要があるものだ」と明言しています。創業者として、自分の時代だけで確固たるブランドを確立しようとすると焦りが出てしまう。だからこそ、企業体として強いブランドを実現するためには、ジンズブランドを継承し続けるためのビジョンが極めて重要になると考えているのです。

Magnify Lifeを基盤に、製品やチャネルを活用することで、視覚以外の五感への刺激と行動変容を促そうとしている(バニスターの細谷正人氏作成)

 ここで改めて、ブランドの遅効性について議論すべきかもしれません。遅効性は即効性とは真逆の視点です。直接的に利益を生み出す成果とは矛盾します。しかし、生活者の視点に立てば、自分にとって何らかの役に立つ情報か否かさえ分かれば、即購買に至らなくても、近い将来は自分に必要なときにそのブランドを探しに行こうと考えるでしょう。情報を探す手段や製品を購入する方法は、能動的な意識になれば明らかに5年前よりも簡単で、手段はさらに増加しています。

 遅効性の視点を持つメリットは、生活者の感情や知識の引き出しを作ることに集中できることです。生活者が欲しいときに、欲しい分だけいつでもブランドの記憶を引き出せるようにしておけば、ブランドの提供価値を明確に理解させることができます。

 即効性を狙って生活者に多くの情報を与えれば、むしろブランドに対する愛着が希薄になるリスクもあるでしょう。記憶さえもあいまいになります。遅効的な視点で、生活者の記憶や体験と真摯に向き合いながら、ゆっくりと浸透していくような奥深いビジョンづくりと、そのビジョンを着実に実感できる製品・サービスの連動こそが、強いブランド育成には重要です。

 今後、高性能なものづくりで席巻するプロダクトアウト型の有形的なブランドづくりだけが成功するとは限りません。生活者同士が密接につながり、より良い社会を生み出すアプリやサブスクリプション型ビジネスのように、無形のブランドも増加していくことでしょう。デジタルを活用したシェアリングやフリーマーケットサービスなどは、生活者の欲求から進化したテクノロジーによって誕生した知恵です。

 しかし猛スピードでコミュニケーションされる情報社会の中で抜きんでるために、私たち側が焦り、その結果、無数にブランドが増え、結局は誰にも伝わらない状態になってしまっているとも言えます。自分のスマートフォンの中に、いくつのアプリが入っているか理解している人がどれだけいるでしょうか。それらのブランド名をすべて言える人も少ないのではないでしょうか。

 ジンズの事例から分かるのは、たとえC2C時代でも、伝えるべきビジョンを一度立ち止まって熟考することが必要だということです。そして、そのビジョンを伝わりやすい“デザイン”で、製品やサービス、チャネルで具体的に拡大できれば、さらにブランドを強くしていくことができるのです。

(写真提供/JINS)

(日経クロストレンド2019年04月19日掲載の内容を転載しています。)


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