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C2C時代のブランディングデザイン
なぜ銀座の公園が、ソニーらしさを表現するブランドになるのか(解説編前編)

2020年02月14日

ブランディングプランナーの細谷正人氏が新たな視点でブランディングデザインに切り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。前回に引き続き「Ginza Sony Park」を取り上げます。今回は解説編の前編。

周囲にビルが乱立する東京・銀座にある「Ginza Sony Park」では、人々が自由に過ごしている。一見すると普通の「公園」のようだが、ソニーらしさが随所にある

 1972年に出版された奥野健男著『文学における原風景』(集英社)をご存じでしょうか。永野大輔ソニー企業社長のインタビュー後に私が思い出したのがこの本でした。建築界の中でも名著とされる一冊で、奥野の言う「原風景」とは「原っぱ」のことです。この長編評論では、東京・山の手の都会育ちである奥野自身の原風景(自己形成空間)として子供の頃を振り返ってみると、“原っぱ”と“隅っこ”の2つが浮かび上がってくるといいます。

 “原っぱ”と“隅っこ”によって、タイムトンネルのように狩猟採集の縄文時代に遡ったり、近未来の都市にイメージを広げたりしながら、日本文化と文芸の本質を探っている内容です。奥野は作家固有の自己形成空間としての原風景に触れていて、このような文学の母胎でもある原風景は、その作家の幼少年期と思春期とに形成されるといいます。

「銀座の庭」から「銀座のパーク」へ

 例えば、米国の建築家で都市計画家のケヴィン・リンチらが試みた「都市に関する子供時代の記憶」という論文の中で、都市の実存的な環境がどのように子供たちの心象に残るのかアンケートをしたところ、舗装面、築地(ついじ)塀、樹木などが長く記憶に残るということが分かったそうです。奥野氏が説明するように、「Ginza Sony Park」(以下ソニーパーク)でも人の創造力を駆り立てられる“原っぱ”と“隅っこ”のような自己形成空間が生まれようとしているのではないかと感じ、今回このようなインタビューで永野さんからお話をお伺いできました。

 永野さんは、普通のビルでは面白くならない、ソニーらしいビルを造るためには、他がやらないことをやるのがソニーなのではないかという思いから、約50年前の1966年にソニービルを竣工したときの志にヒントを見つけます。まさに銀座の原風景とは何かを探す旅に出たと言えるでしょう。

 66年、ソニービルを設計した建築家の芦原義信氏と創業者の盛田昭夫氏は、銀座の超一等地にもかかわらず、ビルの交差点に面した33平方メートルの角地に、空き地を造って庭にしようとしたのです。この一角がまさしく「銀座の庭」のコンセプトが生まれた場所だったのです。そして、永野さんが考えたソニーパークは、当時の「銀座の庭」を「銀座のパーク」へと進化させました。

かつてあったソニービルは、東京・銀座を象徴するランドマークの1つだった (C)Ginza Sony Park

ソニービルの前にある交差点では、常に多くの人々が行き交う。まさしく都会の真ん中にあった (C)Ginza Sony Park

ソニービル前にあった広場は公共スペースとして、さまざまなイベントを開催していた (C)Ginza Sony Park

(C)Ginza Sony Park

ソニーが”公園造り”を具現化できた理由

 “原っぱ”と“隅っこ”の記憶や経験が生まれるように、オープンスペースからのビル本来のあり方を考えてみるというアプローチは、芦原氏の姿勢にもつながります。芦原氏は「街並みの美学」(岩波書店)という著書で「外部空間の構成とは、巨大な都市空間を人間的スケールまで引き降ろすために大きな空間を小さい空間に分割したり還元したりして、空間をより人間的にしたり充実したりする技術のことである」と述べています。

 前ソニービルは、まるで横の銀座を縦にするように上から下まで何階という区切りなしで、まるで縦型プロムナードのような一度体験したら忘れられない空間でした。このように人間のための街並みを形成させることで、都市にもっと記憶に残る空間が生まれるべきだと語られています。

ソニービルの構造図。ショールームや商業施設など複合ビルとしての機能を、さらに高める構造として建築家の芦原義信氏が生み出した「花びら構造」。各フロアの高さをずらすことで1~7階までを連続した1つの空間のようにしたことで「縦の銀ぶら」を表現 (C)Ginza Sony Park

 街全体から見れば、空間として公園は重要な役割です。しかし事業として考えれば、銀座の超一等地で公園というコンセプトは現実的には考えられません。明らかにビルのテナントによる家賃収入は大幅に減ります。もちろん社会へのインパクトや話題性はあるかもしれませんが、事業としての利益を考えると、どんな会社でも社内での理解を得るには相当厳しいことが予想されます。もちろんソニーですら収益性とブランド価値をてんびんにかけて議論されたことは言うまでもありません。

 しかしソニーの場合、最終的には従来の評価軸を超越して、トップ自らの判断でブランド価値創造にかじを切ることができたのは事実です。この英断が、今の日本企業のブランド戦略に一番足りない部分であり、ソニーはその判断ができたのです。

(日経クロストレンド2019年12月26日掲載の内容を転載しています。)


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