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C2C時代のブランディングデザイン
花王が2030年に目指す3つの柱 ESG経営でのブランド意義(解説編前編)

2021年08月28日

ブランディングプランナーの細谷正人氏が新たな視点でブランディングデザインに斬り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。前回に引き続き、花王のESG戦略として推進する新ライフスタイルブランド「MyKirei by KAO」を取り上げます。今回は解説編の前編。

「Kirei Lifestyle Plan」のコンセプトムービーの一場面(「花王のESGビジョン(動画)」より)

 2019年3月15日、125カ国で100万人以上の若者たちが参加したストライキをご存じでしょうか。「未来のための世界気候ストライキ」は、ほとんど日本では知られていませんでした。ストックホルムに住む16歳のグレタ・トゥーンベリさんが気候変動に対する政府の無策に抗議するために始めた学校ストライキは、SNSによって瞬く間に世界に拡散されました。

 「大人は、子供の未来を全然配慮していない。だったら私も遠慮なんてしない」という彼女の思いは、SNSで「#FridayForFuture(未来のための金曜日)」というムーブメントになり、トゥーンベリさんのInstagramのフォロワーは1064万人(20年8月時点)。彼女の素晴らしいアクションや発言は、世界中に影響を与えています。

 彼女が叫ぶ、「私たち子供がこの問題を解決するのは不可能なんだ」というメッセージは、とてもインパクトがあります。SDGs(持続可能な開発目標)は、単純に効率性を追求していく従来のビジネス視点とは異なり、1人の人間として利他的な視点、未来を見据えた長期的な視点を持てるかどうかが、私たち大人に試されているのだと思います。

 そうした生活者の意識が変わっている潮流の中で、日本を代表する企業である花王がESG(環境・社会・ガバナンス)ビジョンを策定しました。さらにそのビジョンを具体的に遂行するための、新しいブランドを立ち上げました。地球環境に関する課題が山積みで待ったなしの社会状況にあって、世界に向けて日本企業は何をすべきか。未来を見据えた“生活”と、利益を追求する“産業”という相反する要素にどう立ち向かっていくべきなのか。そして、ブランド戦略はどうすべきなのか、ということをお聞きしたく、花王のESG部門ESGコミュニケーション担当部長の大谷純子氏と、欧米事業統括部門欧米事業部新規事業グループ部長の畑瀬孝利氏にインタビューをしました。

ESG戦略「Kirei Lifestyle」に基づく新ブランド「MyKirei by KAO」

 花王はこのコロナ禍の中、20年4月に米国で、ESG戦略に基づいた「Kirei Lifestyle」を体現する新しいライフスタイルブランド「MyKirei by KAO」を立ち上げました。

 同社は1887年に長瀬富郎氏が創業して2020年で133年目を迎える、日本の暮らしに密着する長寿企業の1つです。その企業の成り立ちを聞くと、まさしくサステナビリティー(持続可能性)を追求してきたことが分かります。激動の明治時代に近代化を急ぐ日本で、顔を洗っても大丈夫なくらいの質の高いせっけんを世の中に送り出し、1人ひとりを清潔にしていくことで、日本人の気持ちが安らぐようにしたい。そして地域コミュニティーや社会全体を安定させ、国の繁栄につなげていきたいという使命感が、花王のDNAとしてあったと言います。

「花王ウェイ」は、花王グループの企業活動のよりどころとなる企業理念(Corporate Philosophy)。中長期にわたる事業計画の策定から、日々のビジネスにおける1つひとつの判断まで花王ウェイを基本とすることで、グループの活動は一貫したものとなる

 花王の企業理念である「花王ウェイ」には、「私たちは、消費者・顧客の立場にたって、心をこめた“よきモノづくり”を行ない、世界の人々の喜びと満足のある豊かな生活文化を実現するとともに、社会のサステナビリティ(持続可能性)に貢献することを使命とします」とあります。その中でも、「“心をこめた”という言葉が企業理念の中にある企業って、あまりないと思います」と大谷氏は言います。

 実際、私も花王の製品を通して、生活者のニーズや使いやすさを追求していると感じています。「よきモノづくり」の精神を受け継ぎながら、世界の人々の喜びと豊かな生活、社会の持続可能性への貢献を今日まで行ってきたということを、生活者視点として納得できます。

 一方、環境問題が重視されたり、デジタル化が進展したりするなか、生活者意識の変化は今までとは比較にならないほどのスピードと規模で進んでいると思います。世界が大きく変わる状況で、花王はどのような経営方針を打ち出すべきか。1つの回答が、ESGを経営の根幹に据えることでした。

 16年に花王は、30年に向けた長期経営ビジョン「2030年までに達成したい姿」を策定しています。それに必要な基盤構築がESGでした。最初の段階からESGという視点を盛り込み、投資していくことで、環境や社会に貢献しながら、花王の事業もしっかり成長させていくという、攻めのESGという考え方だと言います。

 「発足当時から花王だからやれることをやろうと言い続けています。やはりサイエンスを用いて、しっかりとお客様に価値が伝わるようにしたい。そのブランドを使っていただくことで、地球や社会の思いやりにつながるようにすることがポイントです」(大谷氏)

 その後、ESG部門が18年に発足し、戦略を立て「Kirei Lifestyle Plan」は完成しました。この中には、生活者を主役としたESGの具体的な活動の方向性と将来への意気込みが書かれています。Kirei Lifestyle Planは「花王のESGビジョン」とそれを実現するための戦略「花王のESGコミットメントとアクション」で構成されています。花王には「よきモノづくり」の精神が土台としてあるので、社会が求める変化に対応でき、Kirei Lifestyle Planもいち早く作成できました。半歩先の経営が常にできていると言えます。

 「Kirei Lifestyle Planでは、単に“二酸化炭素の削減に注力しています”ではなく、社員やお客さま、流通事業者さまなどすべてのステークホルダーの方々とどんな世界を一緒に築きたいかを考えています。その思いを共有するためにビジョンステートメントというものを作っています」(大谷氏)

ウェブサイトで公開している「花王サステナビリティ データブック Kirei Lifestyle Plan Progress Report 2020」の表紙

花王が出したESGビジョンのステートメントと、30年までに目指す内容。「快適な暮らしを自分らしく送るために」「思いやりのある選択を社会のために」「よりすこやかな地球のために」の3つの柱がある。「花王サステナビリティ データブック Kirei Lifestyle Plan Progress Report 2020」より

 「Kirei Lifestyle Plan」は3つの柱に分かれていて、「快適な暮らしを自分らしく送るために」という「ME」、「思いやりのある選択を社会のために」という「WE」、「よりすこやかな地球のために」という「PLANET」の、「ME、WE、 PLANET」という構成でできています。

 またビジョンステートメントには、「Kirei Lifestyleとは心豊かに暮らすことであり、すべてに思いやりが満ちていること、自分自身の暮らしが清潔であるだけでなくて、周りの世界も同じような暮らしであることを大切に願う」という思いが込められています。そして、その暮らしが今日だけでなくこれからも続いていき、どんな小さいことでも正しい選択をして、自分らしく生きるというメッセージになっています。

花王のESGビジョンのステートメント。「花王サステナビリティ データブック Kirei Lifestyle Plan Progress Report 2020」より

包装容器の詰め替え文化は、日本発の独自性

 今、環境や社会に配慮した製品やサービスを選んで消費する「エシカル消費」が拡大しています。今後、デジタル化された社会の中では情報を活用した新しい世代が、新しい価値観で製品ブランドを選択する傾向が高まっていくでしょう。

 例えば環境配慮であれば、最近注目されている海洋ごみ問題への解決として、容器そのものの素材改良に加え、詰め替え(リデュース)や付け替え容器の普及などで貢献できます。歴史的に見ても花王はこのエシカル消費を考え、進化させてきたといってもいいでしょう。日本の場合は、ほとんどの容器が焼却されています。残念ながら回収されて新しい原料になる確率は低いようです。容器包装リサイクル法が施行され、ペットボトルの回収率が多少進んでいますが、それ以外のものはあまりリサイクルされていません。花王としてもESG視点で考えると、減らすという考えだけでなく、リサイクルのループを変化させていく必要があると言います。

 「包装容器そのものでいうと、詰め替えが定着している日本は、世界で見るとまれな市場です。こんなに詰め替え商品があるのは日本だけだと思います。当社はメーカーとして、それを粘り強く長い時間をかけてやってきたからこそ、市場が大きく変わってきたのだと思います」(大谷氏)

 花王では、商品の販売数は伸びているにもかかわらず、詰め替えや付け替えを促進してきたことで、何もしなかった場合と比べてプラスチックの使用量を大幅に削減しています。世界から見ると、私たちに当たり前な生活様式である詰め替え文化は、花王がけん引してきた日本のモノづくりにおける独自性なのです。

花王のデータを示す。「花王サステナビリティ データブック Kirei Lifestyle Plan Progress Report 2020」より

 「こうした当社の日本国内での努力やよい文化を、どうやって世界に広げていくか。1つは技術を世界に広げていくこと。もう1つが、MyKirei by KAOブランドの米国展開にありました」(大谷氏)

(写真提供/良品計画)

(日経クロストレンド2020年09月17日掲載の内容を転載しています。)


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