2021年08月28日
バニスター代表の細谷正人が新たな視点でブランディングデザインに斬り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。前回に引き続き、花王がESG戦略として推進する新ライフスタイルブランド「MyKirei by KAO」を取り上げます。今回は解説編の後編。
「MyKirei by KAO」のコンセプト映像から。「Live Kirei Lifestyle “ Every facet of daily life is filled with caring”」(隅々までおもいやりに満ちた毎日の”きれいな”暮らし)を表現している。「What “Kirei” Means to Me – MyKirei by KAO」動画より
MyKirei by KAOはKirei Lifestyleを体現するブランドとして、まず2020年4月に米国でビジネスをスタートさせ、販売チャネルにはAmazonを活用しています。今回発売する同ブランドの「シャンプー」「コンディショナー」「ハンドウォッシュ」には、花王が開発したプラスチックフィルム容器「Air in Film Bottle(エアインフィルムボトル)」を初めて採用しています。
フィルムは詰め替え用容器に使われる軟らかい素材ですが、容器の外側に空気を入れて膨らませることで、自立する容器として使用することができ、プラスチックの使用量をポンプ型ボトルに比べ約50%少なくすることができるそうです。
「MyKirei by KAO」シリーズ。「シャンプー」「コンディショナー」「ハンドウォッシュ」ではプラスチックフィルム容器「Air in Film Bottle(エアインフィルムボトル)」を初めて採用している
MyKirei by KAOのブランドコンセプトは、「Live Kirei Lifestyle “Every facet of daily life is filled with caring”」(隅々までおもいやりに満ちた毎日の“きれいな”暮らし)です。ネーミングでもある日本語の「Kirei」という言葉は、「美しさ」や「清潔」という意味だけでなく、心の状態や生きる姿勢も表しています。自分自身に加え、社会の「Kirei」にもつながっていく言葉として、日本語の響きのままで使用しています。
MyKirei by KAOは今後、日本や欧州、その他アジアなどで順次展開を拡大する予定ですが、まず米国でAmazonの販売チャネルを活用して発売した理由は3つあります。
1点目としては、米国で花王の認知を獲得するためです。これまで同市場ではビューティーケアでもヘアケアとスキンケアのみ展開しており、さらに生活者への花王ブランドの認知度の向上が必要でした。2点目は、環境に対する意識の高い人たちが日本に比べて多いことです。定量調査の中でも男性比率も多く、米国全体で約8%がこうした志向性を持った生活者だからです。
3点目は、米国では詰め替え文化が根付いていないからです。その習慣を定着させるよりも、プラスチック自体を削減した商品を展開するほうがよいという判断です。「狙いたいのは、若い女性に多いエココンシャスな層。米国で片づけコンサルタントの近藤麻理恵さんの書籍がブームになったように、シンプル志向の若い女性が増えています」と、今回の商品を開発した花王の欧米事業統括部門欧米事業部新規事業グループ部長の畑瀬孝利氏は言います。米国の生活者の使用習慣に対応しながら、環境負荷にも大きく貢献できるだろうと考えた結果だったのです。
MyKirei by KAOのロゴは、山々や水面の波など自然を感じさせる。モチーフは人と人のつながりだという
MyKirei by KAOのロゴは、山々や水面の波など自然を感じさせるモチーフは「人」と「人」。自分自身だけではなく、周りの環境や社会にも「おもいやり」が満ちあふれることを目指す、「MyKirei by KAO」の思いをシンボライズしています。円は「縁」「調和」のモチーフで、不完全な輪郭は日本の「わびさび」からのインスピレーションだそうです。
「ブランドとしての魅力度を上げるというときに、我々が1つのトリガーとして活用できたのがジャパンネスという要素。あるいは日本のいわゆるミニマルな暮らし、シンプルなライフスタイルです。それは花王そのものだと考えています」(畑瀬氏)
花王は、花王石鹸のときからずっと日本人の清潔で美しく健康な暮らしに貢献してきており、限られた日本の資源の中でいかに豊かに暮らすか、ということに知恵を絞りながらモノづくりをしてきたというDNAがあります。そこに花王なりの日本文化の翻訳の仕方、ビジュアルな見せ方といった知見があるようです。
エアインフィルムボトルのある暮らしの風景。容器の外側に空気を入れて膨らませていることで自立する容器として使用できる。 ポンプ型のボトルに比べプラスチックの使用量を約50%少なくできる。「MyKirei by KAOインスタグラム」から
今後、社内の意識改革としてもさらに推し進めていくため、各事業のブランド指示書を改訂していくそうです。機能的価値、情緒的価値だけでなく、ブランド指示書の中心にどのような社会的価値を提供するのかという項目を追加し、三十数年ぶりに刷新を検討しています。
商品陳列の際にセールスプロモーションのツールとして使用する“アイキャッチ”シールも取りやめていく方針です。社内ではアイキャッチシールを削除して売り上げが落ちたらどうするのかというネガティブな声もあったそうです。しかし今では製品担当者はシールがなくても、どうしたら店頭でメッセージを伝えられるのかと考え、日々工夫をしながらチャレンジしています。そうした小さな活動が全社的な動きとなってKirei Lifestyleの考え方を実践していくことになります。
「本当にまだ私たちも正解が見えないのです。なぜ花王がESG(環境・社会・ガバナンス)視点のよきモノづくりに舵(かじ)を切ったか、これを社員ではなく1人の人間として理解していくことも大切だと考えています。まずは3万3000人強の社員が本当に誇りを持って、ビジネスの前に私たち1人ひとりの暮らしを考え、その思いを子供や孫に伝えていく必要があります。時間はかかりますが、しっかりとやらなくてはなりません。そうした姿勢が製品を通して見えてくれば、お客さまが自然と商品を手に取っていただけるのではないかと思います」と花王のESGコミュニケーション担当部長の大谷純子氏は言います。
畑瀬氏は、「世界中で消費者のサステナビリティーに対する意識がどんどん変わってきていると思います。特に新型コロナウイルス感染症の流行によって、また大きく変わっていくと思うんですよ。MyKirei by KAOは、一貫してESGに立脚したブランドなので、継続的に守っていく思想というのは当然あります。しかし、立ち止まっていてはすぐ陳腐化してしまうと思います。ある意味ちょっと先読みして消費者の変化に合う形で、ブランドから提案をつくり出していけるかが重要です。常に半歩先でありたいです」と話します。
このようにESG経営においてもブランド戦略は、常に生活者のマインドを意識しながら攻め続けていく必要があります。ニーズではなくウォンツが大切です。そのうえで、サステナブルな活動として、先手先手で進化し続けるスピードが求められます。
製品ブランドのコンセプトを作成する際、花王の場合、今後、企業理念や中期経営計画とともに、ブランド基盤となるのが「花王のESGビジョン」です。
「ESGビジョンによって付け加えるというよりは、膨らませていくというほうが正しいかなと思います。消費者の“きれい”に貢献してきた歴史を、少しエモーショナルに膨らませていくというイメージです」(畑瀬氏)
新ブランドであるMy Kirei by KAOは、花王のESGビジョンによって膨らますことができます。一方で、花王が現在保有する「マジックリン」や「アタック」などの既存製品ブランドを、この花王のESGビジョンで再整理することは、また違う難しさがあるようです。
「既存のブランドの場合、長年受け継がれてきたブランドプロミス(顧客との約束)があります。一方で“花王のESGビジョン”は個々のブランドプロミスより大きい視点のものです。つまり、このブランドはどんな社会的意義があるのか、何のために存在するのかを考えるなど、ESGビジョンとお客さまのニーズをどう融合していくかが課題です」(大谷氏)
企業側ではなく、顧客そのものの意識やニーズを育成していくことも必要です。つまり、分かりやすいもの、考えなくてよいものを志向している生活者が主流の社会では、このESGビジョンと顧客のニーズは合致することはありません。ESG経営は、企業そのものが変わることよりも、製品やサービスを通して顧客や社会の意識を変化させていくことのほうが重要です。日本で徐々に顧客に対して詰め替え文化を啓発してきた花王であれば、世界の人も十分に啓発することができます。
英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートの教授であるアンソニー・ダン氏によって提唱された「スペキュラティブデザイン」。スペキュラティブデザインは問題解決ではなく「問題を提起するデザイン」という意味。ダン氏は人口過剰や水不足、気候変動といった問題は解決不能であり、人々の価値観や信念を変えることが最良の手段であると説いている。スペキュラティブデザインはそうした「人々の目を未来に向けさせるためのデザイン」であり、花王は米国の生活様式を熟知したうえでMyKirei by KAOブランドのデザインを通してその社会問題を人々に提起している(作成/細谷正人)
近年、多くの企業は「よりよい社会にするためのブランドをつくる」という方針を打ち出していますが、むしろ、「よりよい社会にするために人の行動や意識を変えるためのブランドをつくる」というのが、より正確な表現ではないでしょうか。ESG経営で求められるブランドの意義とは、生活者の行動変容を目指すことにあるのだと、今回のインタビューを通じて理解しました。
(写真提供/良品計画)
(日経クロストレンド2020年09月18日掲載の内容を転載しています。)