京都に本社を置くワコールは、国内トップシェアを誇る、高品質で美しく快適なアンダーウェアなどを製造卸販売する企業です。戦後まもなく創業され、以後長年に渡り女性の美しくありたい気持ちを支えてきました。近年変化の激しい流通状況に伴い、ワコールはブランドポートフォリオを見直し、数多あったブランドを統廃合することを決め、Wacoal Dia、Trèfle、Studio Fiveという既存のプレステージブランドも統合されることが決まりました。バニスターは、それらを統合して生まれた基幹プレステージブランド「Yue」のブランド開発を、顧客志向性分析調査からブランド戦略、制作物の監修に至るまで2年半に渡り、密にサポートしました。
ワコールは、下着ランジェリーの分野で70年以上の歴史を誇り、企業ブランドの認知度は高いものの、その歴史の長さゆえに「定番の」「お母さんの」といったイメージも付着している傾向がありました。また、所有する商品ブランドが増加し、それらのブランドをマネジメントすることも希薄になりつつあり、既存のブランドポートフォリオを見直す状況にありました。
その中で、本プロジェクトで対象となった3つのプレステージブランド（Wacoal Dia、Trèfle、Studio Five）は、コーポレートブランドの価値向上に寄与すべきポジションにあるブランド群でした。しかし実際には、商品をコレクションする熱心なファンは獲得できているものの、新しい顧客との接点が希薄になっていました。その結果、認知度も鈍化傾向でした。ワコールとして良い商品を提供していても、新たな顧客を十分に獲得できていない状況にあったのです。
その課題点の多くは、顧客ターゲットを年齢や購入金額、年収など基本的な属性を中心に捉えていたこと、社内での提供価値の共有化が弱かったこと、チャネルや販促施策中心にブランド戦略が行われてきたなどの様々ありました。
また、プレステージブランドということもあり、当初、高所得富裕層をターゲットとするなど、獲得すべき顧客の本当の姿や欲求を把握しきれていませんでした。
バニスターは、獲得すべきターゲットを1個の人格として捉えて、その顧客の視点で物事を考える必要があり、新たに獲得すべきターゲットを志向性分析やデプス調査などを実施し、どのような価値がターゲットの欲求に応えることができるのかなどを明らかにした上で、ブランドのあるべき姿形を整理していきました。
それぞれ異なる3つの既存ブランドを1つにまとめ、既存顧客をできる限り失うことなく、ワコールがこれまで出会うことができなかった新しい顧客の欲求に合致するブランドをどう構築するのか、バニスターに提示された事案はチャレンジングなプロジェクトでした。
「潜在顧客の特定とその欲求」
今までのブランド群では出会うことができなかった潜在顧客とその欲求を特定することが、このブランドを成功させるためには絶対に必要でした。
まずバニスターが行ったのは、既存データを活用した顧客の志向性分析を実施し、各クラスターに当てはまる女性たちへのデプスインタビューから始めました。この調査によって、ワコールのプレステージブランド既存顧客と、まだリーチできていない潜在顧客の志向性の違いを明らかにすることができました。獲得すべき潜在顧客は、商品・ブランドが「自分に何をもたらしてくれるのか」を重視しており、物性としての下着だけでなく、ブランドがもたらす「体験」までの消費を志向していました。
またプレステージブランドに求める「ラグジュアリー」についても、既存顧客は「非日常的な豪華さ」を、潜在顧客は「日常の心地さ」を欲していました。しかしながら、既存顧客と潜在顧客の異なる志向の中にも共通点があり、「自分自身の価値観で納得し、その意味を理解した上で、本当に良い下着を選びたい」と望んでいました。
「提供価値と差別化要因の追求」
ワコールの大きな強みは、商品の品質です。しかしこれはプレステージブランドに限ったことではなく、どの商品にも厳しい基準をクリアすることが求められています。そのため、バニスターは単に高品質というだけではワコールのプレステージブランドたる差別化要因にはなると考えませんでした。
バニスターはまず、このブランドの商品が製造されている工場を北陸に訪ね、これらの羽のように軽やかで繊細なランジェリーが、どのような人たちの手でどうやって生み出されているのかをつぶさに見てきました。豪華な装飾に隠れて見落とされがちでしたが、そこでは精緻な技術や工夫がされており、商品の圧倒的な心地よさを下支えしていました。潜在顧客にこの1針1針に込められた技術や工夫の事実を知ってもらうことが、顧客がもとめる納得性を押し上げるのではないかとバニスターは考えました。
従来のような獲得すべき顧客を年齢や収入といったデモグラフィックな視点で考えるのではなく、しっかりした価値観を持った1個の人格として捉えることと同様、私たちはブランドを生み出す側も「人」であるということに、この工場見学で行き着いたのです。縫製者だけでなく、デザイナーもパタンナーも、接客者も。このブランドは、ひとりひとりの顔や名前を持った熟練した各分野のスペシャリストが創り出しているという事実が、ワコールブランドのプレステージたる「由縁」なのです。この事実をターゲットが求める価値に変換することこそが、プロジェクトのコアになるとバニスターは確信しました。
「すべての心地よさには理由があるーYue」
バニスターはブランド名称とロゴ、タグライン開発を行いました。統合されたブランドの新しい名称は「Yue」。物事の理由を表す「由縁」から着想した日本語のネーミングです。すべての素材/ 技法/ サービスには、顧客が納得できる「理由」が存在しているという、このブランドならではの差別化要因がそのままブランド名になっています。
Yueは今後のワコールを牽引するであろうブランドですが、WACOALという冠が付きません。過去の固定化したワコールのイメージをブレークスルーして、これまで接点を持てなかった新しい顧客を獲得して行くために、あえてWACOALの冠を外しているのです。Yueで提供する心地よさには、すべてスペシャリストが関与した理由がある。それがブランドの約束です。
「定めた提供価値に徹底的に固執して実体化する」
ブランドにとってネーミングやロゴはもちろん大切です。しかしもっとも大切なのは「提供価値」であるとバニスターは考えています。このプロジェクトでは徹底して「提供価値」に固執し、すべての判断基準が「提供価値」に適合しているか否かで行われました。
提供価値は、もちろんブランドが顧客に提供するものですが、同時にブランド内の判断基準です。この基準を持つことで業務上でのゴールが明確になり、軸があることで柔軟性を持った事業活動が可能になります。
Yueの提供価値は「理由のある心地よさ」です。この提供価値は、顧客調査の結果を基に時間をかけて議論し策定されたものです。富裕層向けの絢爛豪華な物性価値をだけ追求したブランドという発想からの大転換です。その上で、名称と提供価値を顧客に伝達するタグラインは「ゆえに、心地いい」と設定し、理由のある心地よさを様々なコミュニケーションツールで展開しています。
この比類ない心地よさには必ず理由があります。なぜならYueの心地よさは、各分野のスペシャリストたちが、常に顧客が求める「心地よさ」を提供することに心を砕いて生み出しているからです。良いものを生み出すというレベルでなく、それがお客様の求める心地よさに転換され実体化するところまでを見据えて。心地よさの提供をブランドに関わるスペシャリストたちによってブレずに継続して行く心構えをつくり実体化することが、Yueを本質的に強いブランドへと成長させると、バニスターは信じています。ブランディングの本質は、提供価値をブランドの担い手たちが各々の実務に落として皆がやり抜くことだと思うからです。
バニスターは約2年半、Yueのプロジェクトメンバーの皆さんと共に並走しながら、新しいブランドづくりに取り組んできました。結果は、徐々に実を結んでくることでしょう。
Yueのブランディングは、「自社では接点のないお客様と新たに出会い、下着価値を向上する」という使命のもと、スタートしました。その過程では、私たちは、徐々に変化してきたお客様の嗜好や、ものの作り手のぶれない姿勢、お客様に寄り添う販売員の気持ちなど、多くの人の思いに触れました。
そして、数々の議論を重ねたのちに、私たちはY u e を通して、「穏やかさに満ち、心地よいと感じられる、豊かな日常をお届けしたい」と考えるようになりました。ブランド名の「Yue」は、理由や由縁といった言葉から着想を得ています。デザインをし、パターンを引き、縫製をし、店頭で接客をするに至るまでの、すべての工程や過程には理由がたくさん詰まっています。私たちはこれらの理由を、お客様に丁寧に伝えていこうとしています。
思いの詰まったYueを通じて、日常の心地よさに触れていただければ、と願っております。お客様とともに、これからのYueはつくられていきます。
株式会社ワコール 第１ブランドグループ プレステージ営業部長 大原 誠 様
