2020年02月13日
細谷正人氏が新たな視点でブランディングデザインに斬り込む連載「C2C時代のブランディングデザイン」。3回にわたり取り上げる「Ginza Sony Park」は「2019年度グッドデザイン賞金賞」を受賞した。今回はプロジェクトを担当したソニー企業の永野大輔社長へのインタビュー後編。
(写真/丸毛 透)
ソニー企業社長・チーフブランディングオフィサー
1992年にソニー入社。営業、マーケティング、経営戦略、CEO(最高経営責任者)室などを経て2017年から現職。「Ginza Sony Park Project」のリーダーとして、13年からプロジェクトを推進し、18年8月9日に「Ginza Sony Park」をオープンさせた
細谷 銀座という街の文脈が、ソニーパークを考えるうえで、すごく意識されている点になっているのではないでしょうか。
永野 お客さまがソニーパークに来る理由をアンケート調査したら、1位が休憩でした(笑)。まさに公園で、街の一部。私企業の土地でありながら、パブリックになっている。銀座って無料で休憩する場所がほとんどなく、せっかく買い物に来ても、そのまま帰ってしまう人もいると思います。でも、いったんソニーパークで休んで、買い物を再スタートさせるとか、銀座にとって新しいリズムをつくることに、少しは貢献できたと感じています。ソニーパークは銀座じゃなければ成り立たないでしょう。
ただ、私たちは単にきれいな公園を造っているわけではありません。人と街とのインターフェースとして公園というものを捉えています。ソニーパークも商品であると言いましたが、お客さまと接触する手段として、公園というインターフェースを選択したのです。それが銀座にあるので、銀座という場所とは切り離せませんね。
細谷 人と街をつなげ、その間に自然にソニーが介在しているという姿は、計画の最初から明確に描かれていたのでしょうか。必ずしも、お客さまが休憩してくれるとは限りませんよね。銀座に余白をつくるってちょっと怖いチャレンジですね(笑)。
永野 最初はおっかなびっくりでした。ソニー製品がないのに、誰が来てくれるのかと。すごく怖かった。しかし次第に休憩するお客さまが増えてきた。休憩している人がいたり、お茶を飲んでいる人がいたり、ビールを飲んでいる人がいたりと、皆さん自由に過ごしている。毎週金曜日には地下4階で「Park Live」というフリーのイベントを実施しており、そこにも人が集まるようになりました。ふらっと立ち寄った方が自然に音楽を聴いているなど偶発的な出会いもたくさんある。こうした光景を見て、これが私たちのつくりたかった姿だったんだということを、時間がたつに連れて実感してきています。開園前は、そうなったらいいなという部分が、何カ月かたってから実現し、公園らしくなってきた。
これは公園なのかという議論もあるのは承知しています。いわゆる都市公園法にのっとった公園とは違うという指摘もありました。しかし私たちは、きれいな公園を造りたいわけではなく、インターフェースとしての公園であり、少し言い方を変えると都市の中の公園の再定義をしようとしているわけです。
地下は巨大な吹き抜け空間になっており、イベントを開催することもある(写真提供/ソニー企業)
来園者はそれぞれ自由に自分の時間を過ごしている(写真提供/ソニー企業)
細谷 都市公園法による公園ですか(笑)。普通の人は、別に公園法なんて全然意識していませんよね。人にとって公園って、気持ちや感情と大きく関係していると思います。公園を選ぶことは、ブランドへの愛着に近いものを感じます。
永野 そうなんです。私たちは、緑がある場所を公園というのではなく、余白があるから公園という言い方をしています。公園には、昼寝をしている人もいれば、休憩している人もいれば、お弁当を食べている人もいれば、散歩している人、ジョギングしている人、ボール遊びしている人など、いろいろな使い方がある。何でも自由にできるのは、何かを決めてしまうのではなく、余白があるからです。
ソニーパークを造ったときに重視した点も余白でした。まず余白からデザインしたのです。まず余白をつくって、その空いたところに店舗が入っている。余白で皆さんにくつろいでもらったり、アクティビティーをしたりしてもらう。余白があると変わり続けられるし、変わり続けないと、常に来ていただいているお客さまを楽しませることができません。
細谷 しかし余白を与えられたとき、欧米人と違って日本人の場合、うまく使えない人のほうがまだ多いかもしれません。公園を訪れる側も、突然、何をしてもよいという余白を与えられたときに新しい活用の仕方が試されますね。
永野 確かに、これが公園なのか、というご意見がありましたし、ここに本当に座っていいの、という方もいらっしゃいました。困惑している人がいたのは事実です。一方で、お気に入りの場所として銀座に来るたびに立ち寄るという方もいました。新しいことをすると議論が生まれるので、両方の意見があっていいかなと思っています。
でも最近は、文庫本を読みながら座っていたり、コーヒーを飲んだり、自分のスペースをつくったりしているような人が増えています。公園というと一見、銀座の中のパブリックスペースですが、その人にとってはプライベートなスペース。銀座に来たら、ここに座るということを決めたら、それはプライベートなスペースになる。それに気づいた人たちが、どんどん来るようになった。疲れて座っているというより、自分のプライベートなスペースとして積極的に活用している。最初から公共の場をつくるのではなく多様な人が関わることで公共の場になっていく。ソニーパークは銀座の街に新しい社会性を生み出すための場と言い換えてもよいかもしれません。
象徴的な光景がありました。地下のある一角にテーブルと椅子があり、平日の夕方に行くと、小学生がノートを広げて宿題をやっている、かばんを横に置いて、1人で何しているのかな、大丈夫かなと思って見ていました。するとお母さんが迎えに来て、しばらくそこでおしゃべりしたり、お茶を飲んだりして、2人で帰っていく。ここだったら、お金がかからないし、スタッフもいて安全だということで、お母さんのお仕事が終わるまで、待ち合わせに使っていたのでしょう。これは想定していなかった使い方でした。まさにパブリックスペースであり、公園ならでは。いろいろな人がいて、面白いです。
細谷 今度、ソニービルを新築するときも、そういった新しい銀座の余白をつくりたいとお考えですか?
永野 私としては、公園というコンセプトを次のソニービルにも取り入れたいと思っています。パブリックとプライベートな部分をどうバランスを取るか、今は実験している感じです。でも、人と街のインターフェースになるという点は変えたくありません。
細谷 お母さんを宿題しながら待っているという先ほどの小学生にとって、ソニーパークでの原体験がソニーブランドへのロイヤルティーになりますが、これからどう影響するのかを想像したくなりますね。
永野 どうなるでしょうね。ソニー製品を持っていなかったとしても、何年か後で振り返ってみると、幼いときにソニーパークで勉強し、お母さんと待ち合わせをしたという体験が、ソニーへのロイヤルティーに結び付いていくと、私は思っています。
ブランディングとセールスマーケティングは、ちょっと違う世界です。それは時間軸の違いかもしれません。ソニーパークに来て楽しかったから、すぐにプレイステーションを買うわけではありません。しかし数年後に何かを買い替えようと思ったとき、どのメーカーの商品を選びますかという場合、かつての思い出が顕在化してソニーを選んでいただければ、すごくうれしい。ブランディングってそういうものかなと思っているので、先ほどの小学生もそうなってくれるといいなと。その小学生にとって、たぶん初めてのソニーとの出合い、いわば「マイ・ファースト・ソニー」がソニーパークなのです。
細谷 公園というのは、明らかにソニーの事業分野であるエレクトロニクスやエンターテインメント、金融とも違いますね。
永野 ソニーという会社との接点になる存在なら、マイ・ファースト・ソニーがソニーパークでもいいと思います。ここでいい体験をしたので、次はソニーの製品やサービスを買ってみようと。そういった場にしたいのです。
ソニーは今まで、さまざまな事業を手掛けてきました。エレクトロニクスだけではなく、音楽や映画、生命保険や銀行など、カテゴリーにこだわりはありません。それを軽々と越えてきた。だから同じレイヤーに場があってもいい。ソニーはエレクトロニクスでしかブランディングをしない、できないわけではなく、場でもブランディングができる。それは、ものすごい価値がある。ソニーのブランドに厚みが出るのではと、考えているんですね。
私はブランディングには、3つのレイヤーがあると思っています。最もコアのレイヤーが、なぜソニーは存在するのかという根源的な部分で、いわば「why」です。その次が、何をもって存在意義をお客さまに伝えるかという「what」で、一番外側がどうやって伝えるかという「how」になります。
特にソニーの場合、whyが何かと言えば、人がやらないことをやることです。そこは圧倒的な強みだと思っています。whatとhowは事業によって違います。whatがエレクトロニクスなら、howはテクノロジーだったり、デザインの力だったりします。whatがエンターテインメントや金融になれば、howは違ってきます。そこで私は、whatを場にした。人がやらないというwhyは同じですが、whatが場で、howは公園というインターフェースということ。whyとwhat、howの統合的な体験がブランド体験ですから。
ソニーの場合、whyの部分が不動なので、ブランド体験は比較的、つくりやすい。ただしwhatとhowが、それに見合っていないと成り立たない。他社と差異化できませんからね。この構造で考えると、ソニーで公園を造るというのが、ブランド的にも貢献できると判断したのです。この構造の件は、あまり他に外に話したことがありませんけど(笑)、私はそう思って取り組んできました。
細谷 すごく面白いお話でした。本日はありがとうございました。
永野氏にインタビューする、ブランディングデザイナーの細谷正人氏
(日経クロストレンド2019年11月06日掲載の内容を転載しています。)