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C2C時代のブランディングデザイン
「C2Cのピュアな関係」が支える“相乗り”サービスのCREW(インタビュー編)

2020年02月05日

ブランディングプランナーの細谷正人氏が新たな視点でブランディングデザインに切り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。今回と次回の2回にわたり、“相乗り”サービスの「CREW」を提供するAzitを取り上げます。今回は吉兼周優社長へのインタビュー編。

「CREW」のアプリ画面。シンプルな操作で、“乗りたい人”と“乗せたい人”を繋げることができる(画像提供/Azit)

細谷:Azit(アジット)が2015年10月からサービスを開始している「CREW(クルー)」は、「“乗りたい人”と“乗せたい人”を繋げるモビリティ・プラットフォーム」を掲げています。同じ分野ではUberが有名ですが、料金に対する考え方がUberとは異なる点がユニークですね。

 乗った人はガソリン代と道路通行料、システム利用料の他、普通なら乗車料を支払います。しかしCREWでは乗車料の代わりに“謝礼”を任意で支払うという考え方です。謝礼は義務ではなく、乗車料に相当しないため法律関係もクリアしており、タクシーのような許可や登録は必要ないとか。「C2C時代のブランディングデザイン」という連載企画を考えたきっかけも、実はCREWの存在がありました。私自身もCREWの愛用者の一人で、今までにないモビリティ体験を得ました。

吉兼:ありがとうございます。

細谷:タクシーのような単なる車とお客のマッチングではなく、社内での会話が楽しかったり、ドライバーさんのホスピタリティーを感じたり、そこに人と人とのつながりを強く感じました。私の周囲でCREWを利用した人も、同じような体験をしたそうです。まずは、CREWを立ち上げた吉兼さんの思いからお聞かせください。

吉兼:運転する人と乗る人の関係は、「お客さまは神様」とかではなく、それこそCtoCの関係で、互いにフラットな存在ではないかと私は思っています。運転する人も乗る人も、どちらが偉いということではなく、車という一つのコミュニティーに属しているにすぎないのではないでしょうか。

 だから、乗せてもらってありがとうと感じるとか、おもてなしをして喜んでもらうとか、それぞれがフェアな関係であることが、自分の感覚にしっくりきました。これをサービスとして打ち出せないかと。そこでサービスの名称を「CREW」として、「一つの船の仲間」という意味を込めたのです。ユーザー同士が本当に対等になるコミュニティーにしていこうと、最初から強く意識していました。

Azit代表取締役CEOの吉兼周優氏。慶應義塾大学理工学部管理工学科在学中に、Azitを設立。2015年3月に「CREW」を企画・構想し、プロダクトマネジャー兼UIデザイナーとして開発を推進。「“Be natural anytime”―自然体でいられる日々を」というミッションの下、モビリティ事業を推進中(写真/丸毛 透)

細谷:なるほど。CtoCの関係を「一つの船の仲間(クルー)」と比喩したのですね。吉兼さんは、CtoCという関係をどう位置付けていらっしゃいますか。

吉兼:CtoCは、ピュアなネットワークだと思っています。BtoCなら個人の考え方より、企業の合理性で判断するかもしれませんが、CtoCでは好き嫌いなど個人の意思で行動しますよね。プライベートとビジネスで全然違う人のようになる人がたまにいますが、CtoCでは人間のありのままの姿が映る。それが面白い。

細谷:CREWはまさにCtoCのプラットフォーム的な存在だと思いますが、個人同士だからこそ特別に心掛けている点はありますか。

吉兼:企業の姿勢や考え方が、そのまま外に出てしまうのが、CtoCのプラットフォームかもしれません。例えばユーザーと接しているコールセンターのスタッフ、社内のマネジャーや私もそうですが、社内に一貫した姿勢や考え方がないと、ユーザーに“伝染”していまい、信頼性の低下につながりかねないと思っています。だからこそ、社員それぞれが同じものを追求している、というスタンスはとても大切にしています。

細谷:CtoCなのに、一貫性が大切だとは面白いですね。それは吉兼さん自らが強いリーダーシップを発揮することで推進しているのでしょうか。それとも社員個人が自発的に、社内でもCtoCの関係、対等の関係をつくることで実行しているのですか。

吉兼:社員は普通、目標が与えられたり、インセンティブが設計されたりしていくことで、モチベーションを高めるのではないでしょうか。それ自体は企業を前進させるために必要だとは思いますが、それより大切なものを社内でつくらないと、外的要因によって一貫性が失われてしまいかねません。だから企業としてのビジョンやミッション、ブランドといったものを強く意識して、一貫性を保つようにしています。

 企業が掲げるミッションは、立派な言葉をつくることはできても、それをどう伝えるかがとても重要です。大切なのは、企業の歴史なども含めて一貫した姿勢になっていることだと考えています。最近、アプリをリブランディングしてロゴも変えましたが、同時に当社の企業姿勢を示すガイドラインも作りました。数値目標も重要ですが、そうした部分もとても大切にしています。評価制度でも、数値目標の達成だけでなく、企業のカルチャーやプロダクトのカルチャーに合っているかどうかも見ています。

「CREW」のロゴ画面もリブランディングした(画像提供/Azit)

社員の評価でも「おもてなし」と「ありがとう」を体現

細谷:その一貫性を共有化するガイドラインはブックとして表現しているのですか。

吉兼:18年の春に作り、オンラインで社内に公開しています。事業の目的や創業のヒストリー、ビジョン、ミッションなどを述べています。ガイドラインとは別に当社のカルチャーブックも制作していて、マーケティングや広告、ブランディングの指針にもしています。創業時から指針を打ち出してベクトルを決めておけば、これから企業規模が拡大しても、当社のDNAとしてぶれずに伝わっていくのではないか、という意図がありました。成長した後に決めると、ぶれてしまいますから。日本のベンチャー企業を見ていると、初期からブランディングをきちんと定めているケースはほとんどないかもしれません。私は無精者なので(笑)、これから何度も変えたり説明したりするより、最初にしっかり考えておけば手間が省けるだろうとも思いました(笑)。

 これはCREWの性質によると思いますが、初めて使うまでメリットがよく分からず、言葉で説明しようとしても難しい。単なるシェアサービスではないので、実際に使った人が紹介してくれることがサービスの成長ポイントです。体験こそが重要なので、かっこいいロゴを付ければいいわけではありません。まだまだ経営のプロとは言えない私ですが、素人ながら考えたのは、どうやったら端から端まで一貫性のあるものがつくれるだろうかという、その点だけでした。

細谷:良い体験をした人が、人へと連鎖していくのですね。私が実際に体験して感じたのは、ドライバーさんのおもてなし感や安心感でした。品質とか人となりが、すごく良かった。いい気持ちにさせてくれる人でした。それから知人にもクルーのサービスを自ら宣伝しています(笑)。ドライバーの教育も遠隔で行なっているとか?だからこそ、そこにはどんな基準や教育があるのかなと思いました。

吉兼:私たちはドライバーさんのことを、「CREWパートナー」と呼んでいて、CREWというサービスを共につくっていくパートナーだと思っています。ホスピタリティーが担保できているのは、そういった社員の姿勢を感じてくれているからではないでしょうか。また、私たちが社内でよく使うキーワードが、「おもてなし」と「ありがとう」という言葉なのですが、研修でも、日々の問い合わせに対する返答でも、私たちの言動の一つひとつから、CREWパートナーの方も当社が大切にしている点を感じ取っているのだと思います。まだまだ100点とは言えないので、もっともっとホスピタリティーを向上させていきたいですね。

聞き手のバニスター、細谷正人氏(写真:丸毛 透)

もともと「相乗り」文化が日本にはあった

細谷:CtoCのプラットフォームを活用して、現在進めているプロジェクトや今後の方向性などを教えてください。

吉兼:今後の課題の一つは、地方への展開です。CREWのサービスの原点は、例えばちょっとした外出のときに、近所の方が連れていってくれて、親同士でお礼をしている姿でした。そうした場面を、もっと増やせればいいなと。都心部でサービスは進めていますが、地方への展開も考えており、18年8月には鹿児島県の与論島で公共交通機関として実証実験をスタートさせました。

 地方のいわゆる過疎地区とか交通手段が乏しい地区、また観光地だったり高齢者の方がいる地域だったりに展開していきたいと思っています。こうした地区には以前から“相乗り”のような文化がありました。私たちは「互助モビリティ」という言葉で表現していますが、そのような取り組みをやっていきたい。ときどき手紙が届いたりするんですよ。「私たちの島には、タクシーが2台しかないので何とかしてほしい」といった。そういうことがあると、本当にやらなきゃいけないと思います。

 与論島の実証実験も、問い合わせが先方から来たことがきっかけです。与論島の観光協会や国土交通省の方にもご尽力いただき、プロジェクトを進めました。CREWは規制をクリアしているので、すぐに実現できる。与論島だけでなく、今後はさまざまな地域でサービスを提供していきたいです。

細谷:具体的な運営はどのように実施していくのですか。

吉兼:「共に創る」と書いて「共創」という言葉を私たちはすごく大事にしています。一つのコミュニティーという概念を大切にしていて、単純にCREWを提供するだけではなく、時には自治体と、時にはその地域のタクシー会社と、一緒につくっていくというスタンスです。私たちだけで課題を解決しようとするのではなく、関係者がみんなで同じ方向を向いて、一緒に進めていくということが重要だと考えています。私たちのスキームを使ってくださいというより、どうしたらいいかを一緒に考えるという感じですね。

 CREWを立ち上げたときも、私たちだけで考えるのではなく、官公庁と協議を重ね、一緒に考えました。保険の面だったり、仕組みの面だったり、安全体制なども含めて一緒に仕組みを考えてレビューをしていただいてきた結果、ゴーサインが出たのです。初めての取り組みで、正解が分からないなか、官公庁と共に模索しながら進めてきました。

18年10月から鹿児島県与論島の観光協会と協業し、公共交通機関として「CREW」のサービスを実証実験している。住民や観光客の新たな「足」として期待されている(写真提供/Azit)

CtoCの時代には一貫したピュアでシンプルな思いが必要

細谷:CtoCのサービスの中で、ブランディングやデザインについては、どういったお考えがありますか。

吉兼:グラフィックやユーザーインターフェース(UI)のデザインも重要ですが、何かの思想や考え方をどう伝わるようにするか、何に落とし込んでいくかといった点がデザインなら、企業の在り方をつくるのもデザインだなと思っています。自分たちの思いは、具体的なものに落とし込まないと何も伝わりません。やはり形にしていかないと。だからデザインとは、そうしたことを言うんじゃないかなと感じています。だから一貫性が重要なんです。創業から最新リリースまで含めて一貫性のあるものにしていかないと。そのあたりは、もともと僕がデザイナーだということも大きく影響していると思います。

細谷:社長自らが“デザイナー”なのですね(笑)。吉兼さんのモチベーションの源流は何でしょうか。

吉兼:学生時代に趣味で作ったアプリが口コミで広がりテレビ番組で紹介されたことがありました。そういうのってすごくうれしいじゃないですか。ピュアに何かを作り、届けて、誰かが喜んでくれるということがモチベーションの源流です。CREWもその延長にあると思いますし、これからも誰かが喜んでくれるサービスを開発していきたいですね。

細谷:なるほど。吉兼さんのお話はとてもシンプルですね。CtoCの時代にはピュアでシンプルな発想や思いが必要なのかもしれませんね。本日はどうもありがとうございました。

Azitの企業ロゴも含めて一貫した企業姿勢を示している(写真/丸毛透)

(日経クロストレンド2018年11月02日掲載の内容を転載しています。)


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