2020年02月10日
細谷正人氏が先進企業のブランディングデザインに斬り込む連載「C2C時代のブランディングデザイン」。和菓子や洋菓子を製造・販売するたねやグループ(滋賀県近江八幡市)を3回にわたり取り上げます。今回は山本昌仁CEOへのインタビュー後編。
たねやグループ CEO
和洋菓子製造販売のたねやグループCEO(最高経営責任者)。1969年に滋賀県近江八幡市でたねや創業家の10代目として生まれる。19歳より10年間、和菓子作りの修業を重ねる。24歳のとき全国菓子大博覧会にて「名誉総裁工芸文化賞」を最年少受賞。2002年、洋菓子のクラブハリエ社長、11年にたねや4代目を継承し、13年より現職
Q. 細谷正人氏 これからの時代に向けてブランドをつくるということについては、どのようにお考えですか。
A. 山本昌仁氏 ブランドって、つくろうと思ってもつくれるものじゃないと思います。たねやというブランドが浸透するまで、100年近くかかっていますから。現在まで先代がずっとやってきたのは、うそのない、まっとうなことを素直に裏表なくやっていくということ。だから、ラ コリーナでも工房をガラス張りにするなどして、お菓子を作っているところを見てもらっています。それが安心や安全を感じさせるのです。
原材料の仕入れでも、裏表がない農家の方々と密にやっていくことで、ブランドが自然とできてくる。農家の方々が1年中、汗水たらして作った1粒のお米や小豆、栗などの自然の恵みがなければ、お菓子を作れません。そういった感謝の気持ち、毎日の裏表のない積み重ねが、ブランドにつながっているのではないでしょうか。
通り一遍の表面的なことなら簡単です。しかし100年、200年と続けられるかと問われると、化けの皮が剥がれてしまいます。レンガでも本物にしないとあかんと思うのは、タイルだったらすぐに割れて、中のコンクリートが出てくるからです。レンガは古くなっても味になるんですよ。
昔の家では、柱に印を付けて子供の背を測っていたことがありましたね。10年、20年たって大人になったときには、これが思い出になったり、かけがえのない家のデザインになったりします。そういうことの積み重ねを大事にしていくことが重要であり、ブランドへとつながっていくんじゃないかなと思っています。
Q. お話を伺っていると、時間軸の捉え方が長期的ですね。最近はIoTとかAI(人工知能)の導入など、ものすごいスピードで時代が動いている結果、経営者も短期的課題に危機感を持っているケースが多く見られます。たねやの経営には、急激なスピードとは逆の、いわば「遅行的」ともいえる視点があるように感じました。
A. 先代から社長を引き受けたときに唯一言われたことは、なった瞬間から次の代をしっかり育てていけ、ということでした。たねやは私の会社ではなく、4代目の私がほんの一時、お預かりしているんだと。お預かりしているということは、お返しするときに、より良く次へと譲っていかないといけません。自分の代だけが良ければいいという経営ではなく、将来を見据えたなかで、今は何をすべきかを考えるようになりました。私はあと何年、続けられるか分かりませんが、例えば50年先を思うときでも、今は何をしないとあかんのかということを考えています。短期的な販売計画とか、流行の何とか戦略とかマーケティングとか今、はやっているようなことには関心がありません(笑)。
スタッフに言っているのは、自分の意見をしっかり持ちなさい、ということです。売り上げがこうなりましたとか、誰々からこう言われましたといった報告より、自分はどうしたいのかということを聞きたいんです。自分が世の中にどうしたいのかということがない限り、計画は持ってきても白紙だと。こういうふうにしたいという自分の考えがあったら聞くけど、それがないならすぐにミーティングは終了します。やはり自分の意思が必要なんです。
先代たちがずっと今日まで、たねやというブランドを滋賀県の中で、近江八幡と言えばたねやと言ってもらえるようなものをつくってきました。その大事なものを引き継いでやっていくときに、中途半端な考え方でやるんだったら、やめたほうがいい。ラ コリーナをつくるときも、中途半端なものはつくりたくない、本物をつくりたいと、本当にぎりぎりまで悩みました。結果的にいったん計画を見直して、ちょっと手痛い費用を払いました。でも今となってみたら、揺るぎないものがつくれたと思います。
ラ コリーナ内には、たねやの本社オフィスがある。フリーアドレスにしたり、内装や空間のインテリアを工夫したりするなど、社員の創造性を重視した環境にした
たねやの「商いの心得」をまとめた冊子「末廣正統苑(すえひろしょうとうえん)」。全社員が持っている
Q. まっとうな考えがカタチになっていくことは、決してお金には代えられない価値であるということですね。
A. 「自然に学ぶ」というのは、そういうことなのかなと思います。今は自分の背ぐらいの木が、20年したら森になるんですよ。ちょっとずつ、ちょっとずつ大きくなった結果が、10年後、20年後に、あるいは100年後に花開く。私たちの経営の考え方というのか、理念というのは、そういうものなんです。
外部にたねやの方針を考えてもらうのも1つですけど、どん臭くてもすべて私たちでやることが、このたねやを築いてきたことになる。そのためには、常にいろいろなところから情報を集めて、自分の言葉として返していく。自分の考えとして結果を出していく。だから本社も見直し、フリーアドレスにしたり、内部の空間もイマジネーションを発揮させるような「場」に変えたりしました。社内の各部門の垣根を越えてミーティングするのもいいし、外部の人とディスカッションするのもいい。創造力を発揮できるようにしたつもりです。ここに来ればいろいろな情報が集まる「場」なのだと。プラットフォームみたいになっていけばなという思いでつくっているんです。
Q. どんなに世の中がデジタル化しようが、そこに人間としての意思がきちんと入っているかが重要ですね。
A. 今後、IoTやAIはどんどん進化していくでしょう。数年後にはどんな時代になっているか分かりません。大阪で2025年に万国博覧会が開催されますが、そうした時期を過ぎれば、ロボットと人が生活をする時代が現実に来るかもしれません。そんなときに古くさいことを言っても仕方ありません。AIが発達すれば当然、私たちも使っていくでしょう。世の中の空気感を読んで、しっかりと受け止めていきます。でも、そこに人がどう関わるかということを忘れたら、たねやじゃなくなります。私たちにとって最大の喜びは、たねやのお菓子を食べた瞬間にお客さまに笑顔になっていただくことです。1つのお菓子が、幸せを運ぶ。お菓子屋として、そこを忘れてはいけません。
Q. 本日はとても楽しいお話をありがとうございました。
(写真/行友重治)
(日経クロストレンド2019年06月05日掲載の内容を転載しています。)