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C2C時代のブランディングデザイン
無印良品の自動運転バスは、なぜ車メーカーのデザインと異なるのか(解説編前編)

2022年06月01日

バニスター代表の細谷正人が新たな視点でブランディングデザインに切り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。前回に引き続き良品計画の自動運転バス「GACHA」を取り上げます。今回は解説編の前編。

GACHAの外観は自動車メーカーのデザインと全く異なる

 「無印良品」を手掛ける良品計画が、自動運転バスの「GACHA(ガチャ)」をフィンランドでデザインしました。無印良品と聞いて、自動車メーカーのデザインとは違う期待がありました。日本ではなくフィンランドだったことは、無印良品が新たなステージを展開し始めたように感じさせます。

なぜ自動運転バスなのか。前回掲載したインタビューに臨む前、私は自分なりの仮説を持っていました。無印良品は自動運転バスを地域の「場」として捉え、そこに人と人、もしくは人と社会の“間合い”のようなものを想定して独自に整理したからこそ、誰にもまねできない自動運転バスが生まれたのではないかと。そしてインタビューでは、独自の視点やものづくり・街づくりについて、同社の生活雑貨部企画デザイン担当の矢野直子さんとソーシャルグッド事業部の斎藤勇一さんにお話を伺いました。

初めに浮かんだ疑問は、なぜ無印良品はモビリティ分野、しかも自動運転バスにデザインを提供したのかという点です。インタビューの結果、その理由は主に4つあることが分かりました。

(1)共同開発を行ったフィンランド企業のSensible 4が、バスの自動運転化を前提にしていたこと。
(2)Sensible 4は既に北極圏で自動運転バスの実証実験を進めており、寒い冬にも耐える強固なシステムを開発していたこと。
(3)フィンランドは過疎の問題が存在する一方、大手IT企業があり技術やインフラが発達するなど日本と状況が似ていること。
(4)日本だけではなく世界中で地域インフラの交通手段が次々と廃止され、今後はさらに悪化しそうなこと。

これらの条件や現状から無印良品は、自動運転バスが日本だけでなく海外でも地域社会に役立つ移動手段になると判断しました。地域活性化に向けたリアルなツールとして、自動運転バスが必要だったのです。そして過疎化の問題や地方創生の在り方について無印良品が高い意識を持っていたことで、Sensible 4とのコラボレーションを迅速に決定できました。

フィンランドは“共生”がデザインのテーマ

GACHAのデザインについて話すためには、少しだけフィンランドという国に触れておく必要があります。フィンランドは、ファッションブランドのマリメッコや、かつては携帯電話で知られたノキアなど、デザイン性の高いものづくりを世界に発信してきた国です。1155~1809年までは隣国のスウェーデンに支配され、1809年からはロシア皇帝が君臨する大公国でした。

1917年にロシア革命が起こると、その混乱に乗じて領邦議会が独立を宣言し、フィンランド共和国が誕生します。長らくスウェーデンやロシアに支配されてきた背景ゆえに、誰かが特権的な階級に位置することなく、極端な格差によって惨めな思いをする国民が生まれないように、王政ではなく共和国として国民が平等に水準の高い暮らしができる国づくりを目指してきました。

「そうした歴史の結果でしょうか、ものだけでなく暮らしをつくる仕組みも“デザイン”として、街中にデザインという言葉が自然と浸透しているようです。通りの八百屋さんから市長までもがデザインという言葉を日常的に使っているほどです」と矢野さんは言います。フィンランドには自動運転のテクノロジーだけでなく、デザインの面でも先進的な姿勢があったともいえます。

実際、1920年代に始まったデザインの国際的なモダニズム(近代主義)の動きにも影響され、フィンランドのデザインもより効率化されたミニマルな美学に移行していきます。その後のフィンランドのモダニズムにおいては20世紀を代表するフィンランドの建築家・デザイナーであるアルヴァ・アアルトの存在が大きく、デザインも自然と深くつながってきました。多くの人が環境や社会と共生しながら、共有できるものづくりの質を可能な限り高め、多くの国民が高いレベルで“デザイン”の意味を深く捉えているように思います。

GACHAは車体の前後を意識させないユニークなデザインで2019年度グッドデザイン金賞を獲得し、フィンランドで試運転を行ったときは多くの来場者の関心を呼びました。既存の自動車とデザインが異なっても受け入れられた理由は、フィンランドというデザインを重視するお国柄と無縁ではないでしょう。

また、自動運転というテクノロジーを活用したものづくりの先にある青写真を明確に描いていたと、矢野さんは言います。「無印良品は既に消しゴムから家まで作っていますが、乗り物のデザインは珍しい。自動運転バスのデザインがゴールではなく、無印良品が考えている未来のグランドデザインの中で自動運転バスを人と人、人と地域のコミュニケーションツールとして位置付けてデザインをしました」(矢野さん)


フィンランドにある無印良品の店舗。独特の世界観はフィンランドでも魅力を放っている

無印良品の「生活美学」とは

無印良品のコンセプトの生みの親であるグラフィックデザイナーの田中一光さんの言葉の中に、商いを通じて社会貢献し、暮らしに役立つ「生活美学」をつくるという姿勢があります。“美”という概念は、人それぞれであり、とても難しい言葉です。

しかしブランドとして生まれてからの40年、その一つの答えを無印良品は提案し続けてきました。「無印良品ははっきりと自信に満ちた“これでいい”というものづくりを進めています。“これがいい”というものを引き立てる“これでいい”をつくるというのが、私たちのデザインに対する姿勢です」(矢野さん)

「地と図」という言葉があります。ある物が他の物を背景として全体の中から浮き上がって明瞭に知覚されるとき、前者を「図」といい、背景に退く物を「地」として表します。物を地と図で捉えるならば、無印良品の位置はあくまでも「地」。黒子的で背景的なものづくりをしてきたのが無印良品の思想であり、その時代時代で変化しながら生まれるような美しさこそが、無印良品が提供する「生活美学」であると考えるべきでしょう。

「おそらく自動運転バスのGACHAも、2019年から運営しているMUJI HOTEL GINZAも“これがいい”ではなく、それぞれの分野の中で自信に満ちた“これでいい”という良い塩梅(あんばい)をそのカテゴリーの中で常に探し続けています」(矢野さん)。その良い塩梅について、無印良品はどう考えているのでしょうか。GACHAのデザインにも通じるものづくりの思想について、次回ではさらに考察していきます。

(写真提供/良品計画)

(日経クロストレンド2020年07月16日掲載の内容を転載しています。)


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