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C2C時代のブランディングデザイン
“相乗り”サービスCREW、助け合いの原体験がブランドの核に(解説編)

2020年02月06日

ブランディングプランナーの細谷正人氏が新たな視点でブランディングデザインに切り込み、先進企業に取材する連載「C2C時代のブランディングデザイン」。前回に引き続きAzit(アジット)の“相乗り”サービス「CREW」を取り上げます。今回は解説編。

「“乗りたい人”と“乗せたい人”を繋げるモビリティ・プラットフォーム」を目指した“相乗り”サービス「CREW」は、Uberなどのライドシェアサービスとは異なる(写真提供/Azit)

 Azitが2015年10月にサービスを開始した「CREW(クルー)」は、「“乗りたい人”と“乗せたい人”を繋げるモビリティ・プラットフォーム」を目指した“相乗り”サービスです。自分の近くを走る誰かの車を、スマートフォンで呼べる送迎アプリを展開しています。世界的に見れば、同様の分野では「Uber」や「Lyft」などの配車サービスが有名ですが、CREWはブランド理念や料金設定に対する考え方がユニークです。料金の考え方が、単なる利便性の追求ではなく、乗りたい人と乗せたい人を自然につなげ、CREWという仕組みに愛着が生まれるようなっています。

 CREWの場合、乗りたい人はガソリン代や道路通行料といった実費、プラットフォーム手数料としてAzitに支払うシステム利用料をまず支払う他、乗車料の代わりに“謝礼”を任意で支払うという考え方で運営しています。感謝の気持ちを示すものですから、決して義務ではありません。乗車料に相当しないため法律関係もクリアしており、タクシーのような許可や登録は必要ありません。「乗せてくれてどうもありがとう」という、ピュアな感謝の気持ちを料金ではなく“謝礼”として支払うのです。

 実は「C2C時代のブランディングデザイン」という連載企画が生まれたきっかけは、CREWとの出合いが大きく影響しています。C2Cとは、インターネットの普及によって変化して生まれた言葉で、コンシューマー(Consumer)である一般消費者と一般消費者の間の取り引きを意味します。代表例は「ヤフオク」や「メルカリ」などでしょう。インターネット外においてはフリーマーケットなどと同様の商取引のことを言います。昔から存在する市場や行商のような仕組みでは、値段の交渉がランダムに行われているなど、独自のコミュニケーションが存在していました。本来、C2Cで行われる商取引はブランドへの濃密な愛着が生まれる原型であるとも言えます。

 かつてのインターネットでの個人間の取り引きの場合、代金決済がネックとなることが多くありました。しかしサービスを運営する事業者などが代金決済の仲介を行うことによって、取り引きの円滑化が図られるようになっています。特に近年では「PayPal」「LINE Pay」「PayPay」などのオンライン決済システムの登場によって代金決済容易になってきています。だからこそ、本格的なC2C時代の到来に向け、どのようなブランド戦略を考えていくべきかというのが、この連載の趣旨です。

 CREWが考える“謝礼”という価値観の提示はとてもユニークです。C2C時代において、ブランドへの愛着を最大化させることができる重要なポイントになるのではないかとさえ思いました。私自身もCREWの愛用者で、今までにないモビリティー体験を得ている一人です。私が実際に利用したときにCREWドライバーとかわした話は、車の話や車内で聴く音楽の話、CREWを選ぶお客さまの話、家族や奥さんの話、仕事の話などとても広範囲でした。まるで親友の快適なマイカーに乗せてもらい、とりとめもない話をしながら、目的地まで連れて行ってもらっているような感覚になれたのです。

新しいブランドアイデンティティーとヒューマンスケールの概念で、現在のモビリティー問題を解消する役割を担うCREW。決してテクノロジーを活用したC2Cを目指しているわけではないことが特徴(筆者作成)

CERWの料金は、実費、手数料、任意の謝礼の3つから構成される(Azitのサイトより)

「“おもてなし”と“ありがとう”の循環」という日本人の道徳心に着目

 CREWはドライバーのことを「CREWパートナー」と呼んでいます。CREWというサービスを共につくっていくパートナーであると位置付け、CREWブランドの伝道師であると考えています。15年の創業時からCREWがつくりたかったことは今までにない新しい移動手段ではなく、昔ながらの日本人の知恵である「”おもてなし“と”ありがとう“の循環」をテクノロジーによって拡張したプラットフォームでした。

 特にこれからの日本は、車離れがさらに進んでいくなど「移動」が社会問題になることが考えられます。将来、自動運転などの技術革新が進んだとしても、この課題が完全に解消されるとは限りません。地方での交通インフラの弱体化、都市部への一極集中による渋滞や満員電車、東京オリンピック/パラリンピックや大阪万国博覧会など国際イベント向けの導線など、「移動」に関する課題が急激に変化し、すでに「交通の格差」が生まれてしまっているのが現状です。

 CREWは「“おもてなし”と“ありがとう”の循環」という日本人独自の道徳心を軸に、この「交通の格差」が埋められないかという問題意識を持ってモビリティーの未来を作ろうとしている相乗りサービスなのです。すべての人がお互いを対等な仲間であるとし、信頼し、助け合い、人と人つくり上げていくプラットフォームを目指しているのです。

CERWのカスタマージャーニー。出発点と到着点の設定~呼ぶ~マッチ~シートベルト確認~評価~謝礼~カード決済という流れ(Azitのサイトより)

利用者がシートベルトの着用を自分でチェック。未チェックのままではドライバーはスタートしない(画像提供/Azit)

安全確認なども含めて、操作はスマホ画面で行う(画像提供/Azit)

“謝礼”のイメージ。ドライバーが謝礼を強制したり要求したりすることは禁止している。謝礼の有無や具体的な金額設定は任意であり、0円から設定可能だ(Azitのサイトより)

原風景は「親同士がお礼をし合っている姿」

 実際に地方で「交通の格差」を改善している具体的な展開事例として、18年8月からスタートしている鹿児島県の与論島での実証実験があります。公共交通機関として住民や観光客の新たな「足」として期待されています。与論島のように、高齢者の多い地方の過疎地区、観光地なのに交通機関不足の地域などに、CREWのプラットフォームへのニーズが高まっています。Azitの吉兼周優社長は「こうした地区には以前から“相乗り”のような文化がありました。例えばちょっとした外出のときに、近所の方が連れていってくれて、親同士でお礼をしている光景がよくありました。私たちは“互助モビリティ”という言葉で表現しています」と言います。

 地方ではまだまだ「“おもてなし”と“ありがとう”の循環」という助け合う気持ちによって地域社会の秩序が成り立っています。CREWの地方への展開は、必然であると考えることができます。実際に「私たちの島には、タクシーが2台しかないので何とかしてほしい」といった手紙もCREWに届くとのこと。この実証実験では、問い合わせが与論島側からあり、地元の観光協会や国土交通省などがサポートし実現させているのです。

 プラットフォームという考え方は、サービスを提供する単なる「箱」という考え方に陥りがちです。CREWの場合は、自治体はもちろん、場合によっては地域のタクシー会社と一緒につくり、保険や安全体制などの仕組みは官公庁のサポートを得ながら、すべて共創していくと言います。それぞれがカスタマイズされた「箱」であるべきです。なぜならその根底には、過去から存在していた「ありがとう」と「どういたしまして」という地域コミュニティーがあるからです。CREWにはその独自のコミュニティーを一番大切にしたいという思いが強くあります。

CREWのブランドムービーから。与論島を舞台に「“おもてなし”と“ありがとう”の循環」が描かれている(Azitのサイトより)

ピュアなホスピタリティーが生まれる「気持ちと利用時間帯」

 吉兼社長のインタビュー編の中でこんな話がありました。「これはCREWの性質によると思いますが、初めて使うまでメリットがよく分からず、言葉で説明しようとしても難しい。単なるシェアサービスではないので、実際に使った人が紹介してくれることがサービスの成長ポイントです」。CREWで良い体験をした人が、その体験を他の人へ連鎖させていくことに重点を置いています。実際に私も体験して、自分の良い体験を友人に伝えています。

 ドライバーのおもてなし力や安心感、フレンドリーさについてドライバーの方と話をすると、もともと自分自身が顧客側で利用していたことや、昔からドライバーという仕事を一度やってみたかったという話を聞きます。このように、そもそもドライバー自身がCREWのサービスに共感していることに加え、決して家計を支えるためのドライバー仕事ではなく、自らもCREWに参加して、楽しいドライビング時間をつくりたいという強い思いが根底にあります。ドライバーが望む楽しい運転をしたいという気持ちが、結果的にピュアなホスピタリティーを生んでいるのです。

 質の良いホスピタリティーにつながるもう一つの理由は、CREWのサービス利用時間です。現在は、午後8時~午前3時の合計7時間が対象時間です。私が初めて利用したときには、午後10時~午前2時という4時間だけでした。現在はドライバーの数が増え利用対象時間が延びているとのことですが、ピュアなホスピタリティーを保つためには、ドライバーが楽しいと思える時間の限界時間や乗りたい人の気分がオフモードになる時間帯など考えると妥当な利用時間の設定です。

 逆に24時間サービスを前提にしてしまうとサービス品質に無理が生じ、きっと感謝のサイクルが成り立たないでしょう。私がCREWで積み重ねた愛着は、自分がオフモードになっている時間帯だからこそ言える、心からの「ありがとう」という経験が大きいかもしれません。

ドライバー自身も「CREWブランド」の顧客に

 通常であれば「CREWのドライバーは、サービスを顧客に単に提供するだけの存在」と考えるのが普通でしょう。しかしC2C時代はそれとは違う発想を創り出す必要があります。CREWのドライバーは、好きな時間に自分の車だけで新しいライフスタイルを得ることができます。自分の空いている時間を有効に使えて、迎車や目的地へのナビや料金管理など、すべてがスマホだけで完結します。万が一の場合でも、保険サポートや車両の修繕費用を保障し、法令に沿ったサービスの運営を行っていることを伝えています。ドライバーに対してもガソリン代2円/リットルの割引特典を永久付与し、CREWでの運転以外でもガソリン代がいつでも2円/リットル引きになるサービスや自動車整備工場の特別割引なども備わっています。さらにドライバーは、システム手数料を除いた実費と任意の謝礼を受け取ることができます。

 つまり、ピュアに運転を楽しみたいドライバーにとってもCREWに参加するメリットがあり、自分らしいおもてなしを行うだけで、車両維持コストの軽減にもつながるサービスなのです。私もCREWに乗車していると、ドライバーが車好きであることをよく感じす。エクステリアはもちろんインテリアに対しても細かいところにまで、ドライバーのこだわりを感じます。

 実際、どこのメーカーは乗りやすい、過去にはこんな車種に乗っていたなど、車オーナーの視点で快適性や車の魅力について話を聞くこともできます。こんなふうに、乗りたい人も、乗せたい人も対等な関係の中で生まれるサービスは、他とは異なるCREWの独自性なのです。

モビリティー問題を解消する「空気清浄機」のような役割

 AzitはCREWの提供価値を、「いつでもどこでもだれでも気軽に手に入るスマートなカーライフ」としています。そしてその価値を提供するために、以下の3つの要素を掲げています。

1. TECH「移動における需給の最適化」
2. COMMUNITY DESIGN「相互の礼儀と信頼関係」
3. PUBLIC POLICY「公平な利用可能性」

 ここで最も特徴的なのは、2番目のCOMMUNITY DESIGN(コミュニティーデザイン)を「相互の礼儀と信頼関係」を位置付けていることです。乗りたい人の便益だけでもなく、乗せたい人の便益だけでもありません。しかも、吉兼社長とのインタビューの中で「ターゲット」という言葉を聞くことはありませんでした。なぜならCREWは、日本中のすべての人に対して「ありがとう」を言い合える理想のコミュニティーをデザインしたいと考えているからです。

 もちろん、企業側が社会課題を解決したいという想いをユーザーに伝えても、ユーザーがわざわざ選んで、そのタクシーに乗るとは限りません。顧客が真に求めていることは、将来的に見ても、目的地へ安全に迅速に自分を運んでほしいということだけかもしれません。ただ、どんな人でも、車に乗せてもらってそのお礼に「ありがとう」という感謝を伝えるのはとても気持ちの良いことです。さらに、人からお礼を言われれば「お役に立ててうれしく思います」「自分もあなたから得ることがあったので、そんなに気を使わないでください」と相手の気持ちの負担を軽くしたくなるものです。

 他人同士で思いやることができる当たり前の心持ちによって、CREWが考える社会課題をいつのまにか解消させてしまう。その心持ちを“デザイン”してしまおうと考えているのがCREWブランドです。まさに、明確なターゲットの設定でもなく、顧客の認知や理解をどうつくるかという次元でもない、現在のモビリティー問題を解消する「空気清浄機」のような役割をCREWが担っているのでしょう。

 C2C時代は「伝えるだけ」の高尚な企業理念やブランドステートメントをつくることが目的にはなりません。本質は、どうしたら一人ひとりの行動や言動を変化させることができるのか、顧客やそこで働く人の行動をどうやったら少しずつでも変容させることにつながるか、にあります。これがC2C時代のブランディングデザインが行うべき使命になるのです。

 たくさんの人の気持ちをちょっとずつ動かすことができる“デザイン”ならば、社会全体も少しずつ変化させていくことできるはずです。CREWの成功事例から学べることは、決して大きなデザインを描くことではなく、人と人の間にある、何気ない小さな出来事を“デザイン”することがC2C時代には大切だということです。

(日経クロストレンド2019年01月09日掲載の内容を転載しています。)


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